神楽月 10

文字数 1,141文字

 峠の天辺にそびえる杉は、道からは奥まっていたが容易に見つけることができた。杉の根元には襤褸(ぼろ)切れのようになった衣に包まれた白骨が、杉の幹に寄り掛かるようにして居た。

 そうか、肉は閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)に召してもらったのだな。

 襤褸切れをよけると、骨は(かりがね)の太刀を抱いていた。
「お前は、……これで満足なのか?」
 鷹鸇(ようせん)は此処で野垂れて孤独に死んだ。
 誰にも顧みられることなく……。
 かつては城下の屋敷に住み、多くの人を使っていたことを思えば、堕ちるところまで堕ちたと言えよう。

 カタカタと音がした。
 鍔鳴りかと思ったがそうではなかった。
 鷹鸇の骨がカタカタと鳴りだしたのだ。
 ハッとして身を引くと、鷹鸇の骸骨が襤褸切れを纏ってゆらりと立ち上がった。

 待て。
 鷹鸇は、今さっき俺の手で喰ったはずだ。
 ということは……。

 骸骨は雁の太刀を掴んだ。
 俺は、眉間に力を込めて太刀を睨んだ。
「こちらは、何なのだ?」
 背後で(らん)が訝る声がする。
「……まだ不満を溜めているようだな。だが……」
 このままコイツを呑むか。
 それとも、一旦合わせるか。
「これ以上、鷹鸇を辱めるような真似は、……流石に許せぬ」
 ゆるりと左手を翳す。
 紅い傷跡がぬめぬめと脈打つ。
 骸骨は太刀の鞘を抜き去った。
 刀身から青い炎が立ち上がる。
 以前見た時よりも禍々しい色を放っているように見えた。
 
 欲が出たのか。
 身を滅ぼすのは、鷹鸇だけでは足りぬと言うのか。
 
 掌が、熱を持った。
 
 来い。
 受けて立つ。
 
 骸骨がゆらりと太刀を振りかぶる。
 俺は右の手で振り払うようにして合口の鞘を抜いた。
 鞘が、コツンと地面に跳ねたのを合図に太刀が俺に降ってきた。
 キュインと刃がかち合う澄んだ音が響く。
 俺が合口で太刀の刃を受けたのだ。
 峰を支えた左手が丹い光を放って青い炎を吸い込み始めた。
 
 俺があそこでお前を逃しさえしなければ!
 鷹鸇には違う結末が待っていたかもしれないのに……。
 悔やんでも、
 悔やんでも、
 悔やんでも…………。
 
 奥歯がギリリと音を立てた。
 詮の無いことだ。
 これでは八つ当たりだ。
 解っている。
 解っているさ。
 だが、この怒りはどこに持って行けばいいのだ? 
 知らなかったこと。
 隠されたこと。
 それ故誰かが深く傷ついて、……救えなかったこと!
 
 突然、手応えが無くなった。
 糸が切れたように太刀が地面に落ち派手な音を立てた。
 骸骨がほどけてガラガラと地面に散らばり、勢いで俺は踏鞴(たたら)を踏んだ。 
 俺の足元に何かが滑り込んできたかと思ったら鸞だった。
「なんか! 落ちたぞ!」
 鸞の手には、玻璃の小瓶が握られていた。

 それは……?

 「あ……」
 改めて周囲を見回すと、杉のまわりには、それは乱雑に幾振りもの長物がぶちまけられていた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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