射干玉 4

文字数 744文字

 宿屋の玄関をくぐると、奥から(すみ)頭巾を被った男が出てきた。
「いらっしゃいませ。お二人様でいらっしゃいますね」
「そうだ。素泊まりで恃む」
竹葉(ちくよう)の類はいかがなさいますか」
「や、(たしな)まぬ」
「承知いたしました。二階の角部屋が御座います。後ほど案内いたしましょう」
 上がり框で足を洗っている時、鸞が承服いたしかねるという顔で俺に訊いた。
「竹葉って何だ?」
 おや? 縁のない言葉であったか?
「笹に掛けておるのだ。(ささ)だ」
「ああ……」
 確かに要らぬな、と、鸞は独りごちた。
「代わりに、主を味見してよいか?」
「波武に気取られてド突きまわされても知らんぞ」
 ニンマリする鸞に、げんなり顔で返す。
 この成りで居る時は、とんだ肉食系だ。

「部屋の準備が出来申した」
 宿屋の男の声に、俺たちは荷物を手に立ち上がった。

 部屋で角火鉢の火を立てながら、俺はそっと周囲をうかがった。鸞が臭いなどと言うからどこからか何モノかが出てくるのではと、つい警戒してしまう。
「どこぞから臭うものか……」
「さっきの男ぞ」
 シレッと鸞が言い放った。
「草餅と豆餅とどちらをあぶるか?」
「豆で頼む。さっきの男だと? 俺の腕は反応しなかったが?」
「何か……カラクリがあるのだろうな。鷹鸇は下位と言えど尸忌(しき)を纏っておったから、(はな)から正体を気取ることが出来なかった。でも、下手に隠した場合、臭いは誤魔化せぬ」
 俺は五徳に鉄瓶を置いた。
「……角頭巾か」
 男が頭に乗せていた。
 阿比と変わらぬ位の年に見えたが、年寄がするような渋い頭巾を被っているなど些か見慣れぬ様ではある。客商売故であったり洒落で身に付けたりする場合もあるので一様にどうこうと言えぬが……。
「意外にハゲ散らかして居るのかもな」
 鸞は、角火鉢の隅で指先に付いた餅取り粉を厭わし気に(はた)いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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