賜物 12

文字数 773文字

「他の者らは?」
「大丈夫! 火が付いてない方の小屋に逃げ込んでたわ」
 そう言って、雎鳩は小屋の内を見回した。
「あらまー、とんだ瓢箪から駒って感じ?」
 そういえば、兵部大丞殿は、民部大丞殿から贋丁銀のことについて相談されていたのであったか。まさか、頸無し馬の怪異と、贋丁銀が繋がっていたとは思わなかった。
「お手柄ってやつであるな!」
 後ろから鸞の声がして俺は跳び上がった。
「い、いつの間にそこに」
「雨宿りだ!」
 鸞は涼しい顔でつくねんと座っている。
「ついでと言っては何だが、モノホンがおいでなすったぞ!」
「!」
 熱いと感じていたのは、炉に炙られていたからではなかったのか?
 ザアザアという雨音の中、四つ足が草を踏み分ける音がする。
 炉の前にいた男たちが、細い悲鳴を上げて耳を塞いで蹲った。
「モノホンって、……本当の『頸無し馬』が来たってこと?」
 雎鳩が首を傾げた。
 その雎鳩の後ろ、屋の戸口に青白い光を放ってソレが立っていた。
 稲光に照らされて一瞬美しく光り輝いたソレは、キレイに(かしら)の無い馬であった。振る頭も無いのに屋の内に頸を突っ込んでブルリとふるった。まるで、濡れそぼった(たてがみ)の雨水をふるい落とすかのように……。
 思いの外……穏やかな様に面食らう。頸を上下に揺すって足踏みする様は、こちらを誘っているようだ。
 俺は立ち上がって頸無し馬に歩み寄った。
 手がふれる程の距離に近寄ると、濡れた頸を俺の頬にすり寄せてきた。
 恐る恐る両の手で頸を撫でる。
 俺の左腕から丹い光が移り、馬の身体全体が暖かな光に包まれて眩しく光り輝いた。
 俺は思わず目を閉じた。
 馬の頸の手応えが無くなり、ハッと目を開くと、頸無し馬の姿は無かった。
 屋の外には、嘘のような星空が広がっていた。
 そして、俺の左の手には……ムチムチとした可愛らしい二本の脚が膜を纏って収まっていた。

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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