さえずり 4

文字数 1,163文字

「あ……えー………」
 俺は明後日の方を見ながら頭をポリポリと掻いた。どう切り出せば良いのだ?
「年初の時も……気になったのだがな、鳰は水仕事をすることが多いから……その、手が荒れるであろう? で、俺の母が冬場に米糠を使うておったのを思い出してな、ついでに米屋からもらってきた」
 そっぽを向いたまま、鳰に米糠の入った袋を突き出した。
 手応えが無くなった。鳰が手に取ったようだ。
(これ、どのようにして使うのですか?)
「……糠を篩で細かくしてな、手ぬぐいに包んで湯に漬けるのだ。湯の中で揉んで馴染ませた後、肌に擦るとよい。糠の油分で肌が整う」
(へぇー、そうなんですか……。って、白雀殿! こちらを向いてくださいませ!)

 恐る恐る視線だけ鳰の方を向ける。鳰の呆れ顔がこちらを見詰めている。
(鸞は、白雀殿が照れているだけだと言うのですが、どういうことなのですか? 最近、明らかに私のことを避けておりますよね? 私、白雀殿に何がよろしくないことでもいたしましたか? 雎鳩様が言っておられた、私の出自のことが(さわ)りなのですか? 私が笑うなって怒ったから? それとも……)
「い、いや………そういうわけでは……」

 一言で言えば「距離をはかりたい」のだ。
 伯労との一連の顛末で、俺は残されるものの辛さを嫌という程味わった。鳰に、かような思いをさせたくはない。懇意になればなるほど辛くなるのであれば、始めからそうならなければ良い。恋慕の情に至らぬうちに、兄程度に慕ってくれている範囲の間であれば、或いは……と。
 なのに、何故だ? 鳰はグイグイ来るのだ。だからといって、寄るなとも言えない。仕方なく避けているのに、それを指摘されてはどうしたら良いものか判らない。

(白雀殿!)

 いっそのこと、嫌われるような何かをしでかした方がスッキリするかもしれぬ。

(んもー! 白雀殿ってば!)

 ところで、何をしたら俺は鳰に嫌われるのだ? あ、いや、でも、仮にそんなことをすれば鳰は怒るのではなく、激しく凹むよな……。凹んだ鳰を見るのはまた、……辛い。俺が耐えられぬ。

 俺は戸を背にしてズルズルと座り込んだ。

「駄目だ………詰んだ」
(はぁ? 何がですか?)
 怪訝な顔をして俺の顔を覗きこむ鳰を見上げる。
「認める。降参だ」
(はい?)

「鳰は……可愛い」

「にゃっ?」

 鳰の口から可愛らしい返事が飛び出した。
 一気に顔を赤くして慌てて口を押える仕草もまた愛らしい。

「話は済んだかの?」
 いきなり戸が開いて、寄り掛かっていた俺はコロリと廊下にひっくり返った。口を押えていた鳰が、そのまま、ふふっと笑い出した。肩を揺らしながら段々笑い声が大きくなり、辺りに鈴を転がすような笑い声が響く。
 俺はひっくり返ったまま鸞と視線を交わした。

「どうにかなったようだの」
 鸞はヤレヤレと肩をすくめた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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