モノノネ 8

文字数 911文字

 翌日、鳰に頼まれていた薪を薪小屋から運んだ。(くりや)の勝手口に薪を積んでいると、中から鳰がひょこっと面を見せた。
(白雀殿! 鸞からお土産を戴きました!)
「お! そうか」
 初めて聞くふりををしたが、多分、アレのことだ。
影向(ようごう)殿から(かんざし)を戴いたのです。見事な細工物で、私がかようなモノをいただいてよろしいのかどうか……。それに、何故、簪なのでしょう)
 やはり、そこは引っ掛かるよな。俺はふっと表情を緩めた。
「さてなぁ。齢を重ねられた影向殿のお考えは俺には解らぬ」
(きっと、何か曰くや仔細のあるものなのでしょう。大切にいたします)
 母の形見は、……無事、鳰に託せた。
「ところで、頼まれた薪はこの程度でよかったか?」
 勝手口に積み上がったモノを見て、鳰に問うた。鳰は(かぶり)を振って、充分です、と礼を言った。
(明日には立たれるのですか?)
「ああ、そのつもりだ。次の

は大がかりなので『定着に時間がかかる』と梟殿に言われたからな。阿比殿の情報が、狙い通りの肉を抱えた遠仁であればよい。俺は幸先がよくなる術を掛けてもらったから、きっと上手く行くと思うておるよ」
(なんですか? それは……)
 鳰が首を傾げる。
「獺という(あやかし)に便宜をはかったら、礼として掛けてくれたのだ」
(妖? 白雀殿は、一体いかような冒険をなさっておるのですか?)
 鳰の念波の端に、僅かな険と不安とを感じた。鳰が気にしてしまうのではと案じて、回収の際に起きたことは極力話さずにいる。その獺に「喉をつぶされた」なぞと言おうものなら、貼り付いて外に出してくれぬかもしれぬ。
「一連の仕事を終えたら、絵巻物でも仕立てられそうだな。そうしたら、鳰にも聞かせてやるぞ」
(また、そんな冗談を! 私のことは二の次で良いのです! まずは白雀殿のご無事が大事でございます!)
 鳰が余りに躍起になるので段々微笑ましくなってきた。慌てて口元を隠して、咳払いで誤魔化す。
「俺には鸞が助太刀に付いておるのだ。ある意味、無敵よ。案ずるな」
(鸞が……強いと言われても、今一ピンと来ぬのでありますが……)
 鳰が腕を組んで思案をする仕草をする。
 それ、鸞に見せてやりたいな。
 さすがに我慢できずに吹き出してしまった。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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