堕ちた片翼  2

文字数 711文字

 鷹鸇(ようせん)は、(きょう)が問診をする際に使う部屋の一つに通されていた。茶と菓子を供されている。

「ここは施療院だ。どこぞ具合の悪いところでもあって来たのか?」

 俺が卓について座りかけた時、あ、いや、といいながら鷹鸇が立ち上がった。立ち上がったついでに卓の天板をひっかけて、一本足の円卓が傾く。
 あっ、と思う間もなく俺は椅子に座りそこないバランスを崩した。
 卓上の湯呑が倒れ、俺の首から吊っている左腕の脇を弧を描いて転がるのを横目に見た。湯呑が床に落ち、派手な音を立てて割れる。俺は椅子から転げて受け身をとれずに腰をしたたか打ち据えた。

「あたた……」
 俺は右手で腰をさすりながら、上目に鷹鸇を見上げた。
「すまんな。大丈夫か?」
 そう言って、鷹鸇が右手を差し出す。
 いや、大丈夫だ、と俺はゆっくり立ち上がり、椅子に座りなおした。

「やはり、……左腕は動かぬのだな」
 鷹鸇の呟きに、俺の芯がヒヤリとした。

 俺を、試したのか? 
 
 冷えた芯に火が燈った。

「ああ。周囲に『死んだ』と思われるほど動けるようになるのに時間がかかったからな。折角命を拾っても、この通りの

だから仕官復帰も無理だ。だから、ずっと、ここにすっこんでおる。鷹鸇は……どうなのだ? 無事で帰って、さぞかしたんまり報償をいただいて立派な階級も付いたのではないか?」

 ムカついた分、ペラペラと口が滑った。
 もはや立場上何も関係のない相手だ。なんとでも好きなことが言える。

 いつもは不遜な鷹鸇が、渋い顔をして見返した。
 よく見れば顔色が良くない。

 やはり、どこぞ具合でも悪くしていたのか?

「お前は、戦場を離れて、どうということは無いのか?」
「ん?」
 何やら妙なことを言い出したぞ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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