水上の蛍 5

文字数 813文字

「気絶したせいで思ったより水は飲んで居らぬようだ」
 烏衣(うい)を岸まで押し上げて、俺はほつれた(たぶさ)を結びなおした。水中で髪が乱れると余計に視界を遮られる。

 烏衣を救い出すことに集中していたので全く忘れていたが、こんなにデカブツなのに俺の左腕が反応していなかった。

「おい。コイツは本当に遠仁なのか?」
 雎鳩(しょきゅう)に目配せすると、雎鳩は片眉を上げて応じた。
「だから言ったでしょ? ここの神は喰われたって」
「ん? てことは、このでかい図体は神の方の本体か」
 遠仁は、この神の鎧を纏って中に巣食っているようだ。
 このままでは俺はコイツを喰えない。
 それで……左腕が反応しない。
「だから、ボクちゃんを連れてきてって言ったのよ」
 解る? と雎鳩は首を傾げた。
 まずは、この神の鎧を爆ぜさせねばならぬ、と? 
「なるほど……」
 俺は未だうねうねと池をのたうつ白い胴を見据えた。

「鸞! コイツ、喰っていいぞ!」
「はぁ?」
 鸞が渋面を作ってこちらを向いた。
「コイツは、魂ではない! 食いものですらない!」
「あれ? 共食いは出来ないの?」
 雎鳩の口からとんでもない言葉が飛び出した。
 あ、そっか、そういうことか。
「でも、分離は出来るでしょう? もう、こうなったらコイツはこの(てい)で神であることは無理なのだから」
 鸞は目を細めて雎鳩を見た。雎鳩の真意は解るが、此処まで読んでいる雎鳩の正体を訝っているという感じだ。
「だったら、御霊を移すものが必要だ。なんか神体に代わる御蔵は無いか?」
 神体に代わるもの? キョトンとして瞬く俺の方を、雎鳩と鸞が見た。
「え? コレか?」
 2人が見ていたのは、梟から譲り受けた合口だった。
「ちょっと待て。コイツは『縁結び』の神であろう? 刃物では真逆だ。『縁切り』になってしまうではないか」
「この際、『縁』にまつわるなら何だっていいわよ」
 雎鳩が投げ遣りに言った。
「なんと乱暴な……」
「はい! では決まりであるな」
 鸞は池に向き直った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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