乙女心と面目 2

文字数 1,134文字

「何、怖い顔してンのよ。『白雀(はくじゃく)が遠仁に』っていうのは(くぐい)様からの知らせで、今、蓮角(れんかく)たちが市中を血眼になって探してるわよ。まさか『(うたい)い』に化けてこんなとこにいるなんて、思いもしないでしょうけどね」
 雎鳩(しょきゅう)は肩をすくめて、舌をペロリと出して見せた。

「大丈夫。突き出したりしないわよ。だって、協力して欲しいことがあって、あんたを引き込んだんだから」
「えと……御母堂の回忌?」
 馬車に押し込まれるときに言われた言葉を思い出す。
 雎鳩は、一瞬キョトンとした顔をして、次の瞬間盛大に吹き出した。
「やだー! アレは嘘も方便ってやつよ。私が頼みたいのはね、しつこい求婚者をギャフンと言わせてやりたいの! あんた、元は出来る武人だったのでしょ?」
 そう言われても、はいそうです、とは言いにくい。
 武人だったからと言って、一体何をさせる気なのやら……。
「それと遠仁に、何の関係が?」
「そのしつこい求婚者は遠仁の力を借りているのよ」
 なんでそんなことが解るのだ? 
 どういう経緯なのやら俺にはさっぱりわからぬ。
「……それに、何故『丹』のことが……」
 雎鳩はちょっと首を傾げて思案した。
「それはねー、『さる消息筋から』としか言えないわねー」
 またニンマリと笑ってみせる。
 凛々しい顔が、何かを企む(いたずら)坊主のような無邪気な顔になった。
「こう見えて私、早耳なのよ?」
「で、俺に何をせよと……」
 えーっとねぇ、と、雎鳩は胡坐の足を組み替えた。
 衣の裾が少しはだけて白い脛が覗き、俺は慌ててそっぽを向く。
「あはは! 真面目だって噂は本当だったのね! 好感が持てるわ」
 雎鳩は俺を指さして笑った。
 完全に掌の上だ。
 こういう手合いは本当に苦手だ。勘弁して欲しい。
 あれ? でも、こういうの……どこかで……。

「2日後、私は兵部少輔(しょうゆう)の子息に擬戦(ぎせん)観覧会(かんらんえ)に誘われているのよ。あのいけ好かない出っ歯が鼻の下伸ばして『雎鳩ちゅわん、僕チンとデートなんていかが?』とか

から袖にして断ろうと思ったら、父君からそうもゆかぬと言われてさ……」
 少輔というと、兵部卿(ひょうぶきょう)――軍部の裏方物資人事を一手に束ねておられるお方――の補佐のお一人。その子息で、出っ歯というと……交喙(いすか)殿のことか。確かに特徴的な顔つきの御方だが……。
 俺は呆気に取られて、つまらなそうな顔をして溜息をつく雎鳩を見つめた。
 このお姫様はズケズケとモノを言いすぎる。
「どうやらね、お見合いを設定されちゃったらしいのよ、これが」
「はぁ……」
「これまで素気無くし続けてやったら、あの出っ歯、親に泣きついたみたいでさ、裏で根回ししてたみたいなのよ」
「ああ……」
「でね、あんたに、私の操を守って欲しいわけ」
「はい?」
 俺は目をパチクリさせた。
 全く、わけがわからない。

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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