賜物 11

文字数 1,129文字

 後を追っていく内に、やや開けたところに出た。俺らは深追いはせず、草叢に潜んで様子を窺う。
 三軒の掘っ立て小屋が建っている。その一つから煌々とした明かりが漏れていた。馬の態を謀っていた者らがそのうちの一つの屋に入ると、中からバラバラと剣呑な者らが出てきた。月影にギラリと物騒なモノが閃き、手に手に得物を携えていることが知れる。
 木陰に留まっていた雎鳩が、短弓を引き絞り続けざまにソヤツらの脚元を狙って放った。矢は幾人かの腿を撃ち抜ち、その都度雎鳩は位置を変えた。剣呑な者らは、辺りを見回しながら、何やらギャアギャアと喚いている。俺らも相手に気取られぬよう、それぞれに場所を離れた。
「誰だ! 検非違使(けびいし)か?」
 賊の声に俺らは互いに目配せした。
 検非違使とは、国主直下の警邏部隊。つまりは治安組織のことだ。それらに襲われる理由がある組織ということは、いわゆる違法を働いている者ら、ということになる。なるほど、首無し馬の企ては、いわゆる人払いだったようだ。
「矢が無くなっちゃったー」
 俺の後ろに雎鳩が来た。頃合いか?
 俺は指笛を吹いた。
 一瞬、空気が鎮まる。
 草叢から、シュと音を立てて石が投げられた。
 それが、コツンと地を打つのを合図に、俺は(うかり)を引き抜いて草藪から躍り出た。精鋭も同じタイミングで草叢から飛び出す。翡翠が松明を振り上げて小屋の屋根に放ったので、小屋の一つが燃え上がった。賊は燃え上がった小屋に向く者と俺らに向く者とで騒然となった。
「遠慮はいらないよねっ!」
 水恋は楽し気に棍を振り回す。
「一応手加減はせいよ。口が利けねば罪状を吐けぬ」
 太刀の峰を叩きつけて相手を悶絶させながら、鶹が声を掛ける。動けなくなった賊を翡翠が端から捕縛する。一体その縄はどこから出てきたのだ?

 俺は、煌々と明かりが漏れていた屋の内を覗いた。視線がかち合ったむさ苦しい男の腕を取って後ろに回ると、首を絞めて落とした。
 明かりは、大きな炉であった。2人の痩せた男が怯えた目をこちらに向けている。足元に散らばっているモノに目を向ける。この色は、鉛か? 
「お、俺らは、違う! ここに連れてこられて……脅されて仕事を!」
 痩せた男の一人が立ち上がって丸腰であることを示した。
「主ら、ここで脅されて如何様な仕事をしていたのだ?」
 腰が抜けたように座り込んでいた男の方が、それに答えた。
「鉛を……混ぜて固めて、……鍍金を施して……」
 ああ、ここは、いわゆる贋丁銀造りの工房であったわけだ。
 その時、突如として雷鳴がとどろいた。
 はて、先程は月が出ていたのに……。
 俺が外をうかがおうと戸口に向かったら、いきなり雎鳩が走り込んできた。
「急に、雨が!」 
 続いて、瀧のような雨が振り始めた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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