紅花染め 9

文字数 816文字

 夕餉を終えて休む前になって、俺と鸞は、鬼車をおびき出す作戦について(つまび)らかにした。待合の小上がりに集まった面子は、角火鉢で手を炙りながら鸞の言葉に耳を傾ける。

「赤子の鳰から血を採って(あつら)えた夜光杯であるから、そもそもがさほど大きなモノでは無かったのだと思う。精々、猪口(ちょこ)程度の大きさであろう。であるから、此度もそんなに多くは要らぬよ」
「……なるほどな」
 梟は深く頷くと腕を組んだ。
「におは かまわぬよ」
 そう言って、俺のすぐ隣に座っていた鳰は腕をまくった。
「いや、今すぐではない。まずは、盃を手に入れねば」
 俺は慌てて鳰の手を止める。
「ふむ。玉杯の手筈を屋代に言うてみればよいのだな」 
「それには、吾がついて行く。其の方が話が早かろう」
 阿比に向かって鸞がニヤリと笑った。例の女子の態で行くのだろう。

「これで……鳰の肉が全て戻るのだな」
 俺の呟きに、鸞が力強く頷いた。
「まさか、年初にはこんなに順調に行くとは思わなんだわ」
 嬉しそうな鸞の笑顔を、少し複雑な心持で眺める。
 鳰が……全てが済んだら……次には鸞の願いを叶えるのか。
 伯労は、俺に真珠の守りを残してくれたが、俺は鳰に何を遺せるのだろうか。鳰が、俺が居なくなっても世を儚むことなく生きていける何かを遺してやらねばならぬ。味方、共に生きる仲間、使命、生きて行けるだけの身分や生業……他に、何を示してやれる?

 俺の後ろを、波武のモフモフの毛皮が通る。先程から手を擦り合わせている鳰の背中に被さるように丸まった。
「はむ ありあと」
 ニコリと微笑んで波武の頭を優しく撫でる鳰。
 もう少し、見ていたい気もするが。
「鳰……」
 俺が呼ぶと、鳰がパッと明るい表情をこちらへ向けた。
「明日、共に雎鳩様のところへ行こう。今日、預けた子の様子を知りたいし、餅の礼もせねばな」
「はい!」
 鳰の……境遇を思えば、この曇りの無い笑顔は奇跡だな。
 ふと、胸の奥に宿った衝動を、俺は静かに無視してやり過ごした。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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