花方 7

文字数 752文字

 松明の明かりがついた。
 床に、仰向けに倒れていた俺は目を開けた。右目しか開かない。左目は、どうなったか分からなかった。もう、起き上がる力も残っていない。

「終わったか」
 
 右手を差し上げた。
 手首の玉の緒に一筋の光が舞い降りてキラリと光った。
 黒瑪瑙の玉だ。

「白雀……」
 鸞が心配そうな顔をして俺の顔のそばに屈みこんだ。
「すまんな。キレイなまま、肉を渡したかったのに……ボロボロだ」
「気にするな」
 鸞はそう言って眉をハの字にしたまま無理矢理微笑んだ。
「鵠は?」
「黒瑪瑙のヤツに跳ね飛ばされて、そこでへしゃげておる」
「……ふん。長年、贄のお預けを喰らった挙句、目の前で反故にされそうになったのだ。それは、鬼車でなくとも腹を立てよう」
 足元から波武が寄ってきた。
 俺は、左手に握っていた黒瑪瑙の夜光杯を差し出した。
「これを鳰に。……心臓が付いた暁には鳰の手で割ってもらってくれ」
「うむ」
 鸞が夜光杯を受け取った。
「鳰には……主のことを何と言えばいいのだ?」

 そうだな……。

 俺はゆっくりと瞬いた。
 身体から、熱が去っていく。
「思えば……施療院へ戻ってから、満足に手を握ってやることもなかったな。……正直、怖かったんだ。一度触れたら……離したくなくなりそうで……」
 ふっと溜め息の様に笑みを漏らす。
「鳰が青くなって大慌てしたアレは、……『俺に触れてもらえなかった』と鳰が悲しがらぬ為に企てられた……時の(たわむ)れのようなものだったのかもしれぬ」

 鳰に出会った時から、既に俺の命はオマケみたいなものだったのだ。
 まさに、束の間に拾っただけの……。
 精一杯生きたな。
 やることはやった。
 もう、悔いはない。

「上手い言葉が、見つからないが……鳰に……こう伝えては呉れぬか」
 俺は鸞、波武を交互に見ると最期の伝言を頼んだ。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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