花方 2

文字数 1,108文字

 外はすっかり闇に落ちたようであった。まだ月が瘦せている今は、外から洞穴内に落ちる光は無い。

「伯労と繋がっておったこと、鸞に話しておったのだな」
「うむ。隠す必要は無くなったのでな」
 波武は鸞をチラリと見てから答えた。鸞は苦笑すると肩をすくめた。

 薄ぼんやりと光って蹲る波武の傍で、俺と鸞は足を投げ出して座っている。鸞は、童子の様であると体格的に劣るからと、男子の態になっていた。

「後、首は五つ。……阿比殿、何と言っておったっけ。ほれ、鸞が盛んに狙っておった赤いの」
「ああ、珊瑚か。生命と子孫繁栄の守り石な」
「うむ。虎目石は、邪眼を退ける。水晶が浄化。翡翠が確か、知恵。そして、黒瑪瑙が、運命を引き寄せる……」
 俺は記憶を頼りに指折り数えた。
「それらに何の意味があるのだ?」
 波武が顔を上げた。
「鸞と示し合わせて首を落とす際に、石の色を目印にしておったのだ」
「なるほどな。……吾が食いちぎったのは、日長石よ」
「ほう」
 俺は目を見張って右手首の玉の緒を見た。
「巡り巡って、ここに居るわ。……ところで、鸞は神が喰えぬのに、波武は鬼車が食えるのか?」
「ヤツには肉がある」
「……ふむ。同じ神でも肉のあるのと無いのがおるのか」
「だから、器が変化せぬのよ」
 鸞が答えた。なるほどな。

「ところで、……俺、……死んでおったのだな」
「丹の意味……か、……伯労が教えたな」
 波武が呟いた。
「ああ。教えられるまで、とんと気付かなんだわ」
「よかったな。不死身を勘違いしておったら、肉を粗末に扱うところであった」
 波武の言に、俺は苦笑を漏らした。確かにそうだ。
「俺のカラクリは……ようやく解ったよ。生体になじまない仙丹が、鳰の肉を覆っていた膜を触媒にしたから俺の身体に付いた。鳰が人の身体に近付くとバラバラの肉を覆っていた膜は要らなくなる。それに応じて俺の魂と肉を繋げる力も弱まっていく。つまりは、鳰が人になるにつれて俺は人でいられなくなっていくのだ」
「まぁ、キッパリ膜の効能が無くなるわけではないとは思うがのう」
「気休めを言うなよ、鸞。俺のような者は見たことが無いのであろう?」
 鸞は眉を曇らせて俺を見た。
「鳰の心臓を手に入れて、鬼車を屠ってやったら早々に俺の肉をくれてやるわ。鳰に心臓が付いたら、……俺はどうなるか解らぬ」
 もはや、鳰とは二度と会わぬつもりでここへ来た。
 鳰に心労を掛けたくはない。
 鳰がことを知るのは、全てが終わった後で良い。
 
 ただ、あと一つ解けぬ謎があったな。
 「神の諍いを収める」という俺の身分。
 今となってはどうでもいいことではあるが。

「おい。来たぞ」
 波武が毛を逆立ててむくりと立ち上がった。
 来たか……鬼車。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み