さえずり 3

文字数 746文字

 久しぶりに城下で迎える冬だ。城下には雪は降らない。代わりに肌を(ひび)切れさせる冷たい空っ風が吹く。

 梟から市での買い物を頼まれていた俺は、施療院に帰ってすぐ鸞を捕まえた。
「これ、鳰に渡しておいてくれぬか」
「ん? なんぞ? この袋」
「米屋で分けてもらった。……米糠だ」
 鸞は(まなじり)を上げて俺を見た。
「自分で持って行けよ! 何故、吾に使い走りをさせるのだ? 先日の湯の華も吾に頼みくさってからに!」
 俺は鸞の文句を背中に聞いて、そそくさと施療院の奥へ引っ込んだ。今の時間、鳰は厨に居るはずだ。

「梟殿、頼まれておった軟膏に使う良質な豚脂を……」
 薬研(やげん)を使う音を便りに梟が居ると見当をつけて薬庫の戸を開ける。
「あ……」
 中にいたのは鳰だった。互いに目をパチクリさせて見つめ合った後、俺はそっと戸を閉めようとした。
「まて!」
 鳰が走り寄って戸を押さえた。
「なんで! にげる!」
「あ……その、鳰ではなく、梟殿に用があったので……」
「いつも!」
「いつもではなかろう?」
 ふくれっ面の鳰に、渋面を作って言い返す。
「ここんとこ、いつもであるよ!」
 後ろから鳰への援護射撃が来た。鸞だ。隙をついて、俺の手から油紙に(くる)んだ豚脂の包みを奪い取る。
「これは吾が梟殿に渡しておく! 主はこっちを鳰に渡してやるとよい!」
 さっき俺が押し付けた米糠の袋を俺の手に握らせると、薬庫に俺をぐいと押し入れてぴしゃりと戸を立てた。慌てて戸を開けようとしたら、引っ掛かりがあった。何と、外から鍵を掛ける念の入れようだ。
「ちょっ! 鸞! こら!」
 戸を叩いて抗議していると、後ろから鳰が俺の頭を押さえて耳に念波装置を突っ込んだ。
(今日と言う今日は、言わせていただきますからね!)
 振り返ると、鳰が腰に手を当て、口をへの字にして俺を睨んでいた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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