借り 5

文字数 956文字

 新嘗祭というと、どうにも様々な思いが錯綜してしまう。
 蓮角と鷹鸇が入れ替わって、入江と蓮角が懇意になったのも、 
 俺が鷹鸇より教えを受けて初めて武楽舞を舞ったのも、
 その俺を雎鳩が見染めて密かに片恋を温めたのも、
 この新嘗祭だ。

 雎鳩は式部にゴリ押しをして桟敷に波武を連れ込むことを約束させた。
 実際現れた波武の体格の良さに、担当の役人が泡を食ったが後の祭り。雎鳩に涙目で、可愛いワンちゃんと一緒で良いって言ったじゃないの! とやられて、渋々(うなづ)かざるを得なかった。波武は波武で、鸞から、ワンちゃんだって! とニヤニヤされて、不機嫌極まりない。
 奉納舞を見物する桟敷は、大人4人で余裕があるはずなのに、モフモフの波武が入っていっぱいいっぱいになった。

(うわぁ! 人がいっぱいですね! こんなに賑やかなところに来るのも初めてなら、奉納舞の観覧も生まれて初めてです。凄い……。ワクワクします)

 雎鳩に依って華やかな装いに身を包んだ鳰は、どこぞのお姫様のようだ。目をキラキラさせて辺りをキョロキョロと見回している。
 雎鳩は、そんな鳰へ、妹を慈しむかのような柔らかい笑顔を向けた。
 ふと、このままであればいいのに、という詮の無い願いがよぎる。
 それほどに、愛しい光景であった。

 舞台では『音取り』のあとの『謡い』が奏されていた。その後に『武楽舞』が演じられる流れだ。
 『謡い』が終わり、繋ぎとしての管弦の曲が奏されている時、桟敷の間の通路を忙しなく移動している者が居るのが目に入った。派手な朱の袴で、奉納舞の舞手であろうと思われた。
 出番はこれからであろうに、もう桟敷に呼ばれたのであろうか。
 見るとは無しに目で追っていると、ふと、俺と目が合い、こちらに向かってくる。
「誰?」
 雎鳩が俺に目配せをする。
 俺は眉間に皺を寄せた。
 あの顔は知っている。花鶏(あとり)だ。
 それにしても、何用があるというのか。
 花鶏は桟敷の前で(ひざまず)くと、俺の耳に囁いた。
「白雀殿でございますよね。ちと、困ったことになりまして……手を貸していただきたいのです」
「!」
 俺は訝る目で花鶏を見た。
 コヤツ、覚えておったのか! して、……困ったこととは?
「何をすればよいのだ?」
 俺の答えに、花鶏は些かホッとした顔をした。
「舞台で舞手を勤めていただきたいのです」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み