借り 4

文字数 894文字

 許嫁の任期が明けたのを機に執り行われた翡翠の祝言は、皆に祝福された暖かな華燭の(てん)となった。それをもって雎鳩の精鋭も無事解散。
 雎鳩の側近として付き従うのは、実質、俺だけとなる。

 そして、蓮角から新嘗祭の招待が来た。
「ねぇ! 鳰ちゃんも誘っていい?」
 雎鳩――ここでは便宜上――は招待の奉書を人差し指の上に乗せ、釣り合いを取って遊び始めた。
「さて、波武が何と言うか……」
 俺と鸞で遠仁の巣にて幾ばくか間引いたとはいえ、危惧していた通りに鳰は遠仁の憑坐(よりまし)状態になっている。夜光杯が健全である以上、鳰そのものが未だ「贄」なのだ。「喰ってもよい」と札をつけた状態で皿に盛られているのと同じことだ。それ故に阿比か波武が常に貼り付きで守護している。この上出かける? それも人の多い祭へなぞと言ったら、どんな顔をされるか想像したくもない。
「意味があるかどうかは別として、蓮角の顔を見せておいた方がいいんじゃないかなぁって思うんだけど……」
「!」
 俺は雎鳩を鋭く見た。
「やっぱり、……そうなのか?」
「……なんだ。見当ついてたんだ?」
 釣り合いの取れた奉書を、今度は皿回しの様にクルクルと回しだす。
「とんでもねー親よね。でも、ホントのこと言う必要はないと思う。だからどうするってことも無いから、結局、鳰ちゃんを傷つけるだけだろうし」
「……なんで、ソレを知っているのだ?」
「あー、それは後で話すってば」
 勢いが付きすぎた奉書がクルリと回って飛んでいった。
「いいじゃん。遠仁が来たら、あんたが遠慮なく喰っちゃえば? そしたら、ビビって寄らなくなるかもよ?」
「あのなぁ……。まず、遠仁を寄せることが問題なのだ」
「知ってるー。あ、そうだ! 阿比様も誘えばいいんじゃ?」
「莫迦か! 桟敷で延々琵琶を奏するとか!」
「……ああ、新嘗だもんねぇ。一番いいのは、波武連れてくことなんだけど、桟敷に獣はいいのかしら?」
「……知らんが、飼い犬だと言えば許されるかもしれぬ」
「………」
 雎鳩は自分がすっ飛ばした奉書を拾いに行った。
「まぁ、でかい犬だと言わずにお伺いを立てるという方法もあるわね」
 人、それを「騙し討ち」と言わぬか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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