さえずり 6

文字数 1,014文字

 鸞に連れられて行くと、梟は診察を行う部屋で何やら書きつけた書面を整理しているところであった。
「おう。白雀殿、見えたか……」
 書面を文机の上に揃えて俺に向き直る。今日は、鵠の元へ往診へ行くと言っていた。その様子のことであろうか。俺は梟の前に胡坐をかいた。
「豚脂の良いものを仕入れてくれて助かった。此処のところ肌荒れの酷い子供が多くてな。栄養状態も……あまり良くないな。何とかしてやらねばならぬ」

 ふと御魂祭の時のことを思い出した。城下には思いの外貧しい者や浮浪児が多い。施療院の性質上、治療費は払える者の気持ちに任せてある。維持費の殆どは、鵠から梟に賜る(ろく)と兵部大丞家のような臣らの寄付で賄っている。

「これから、寒さが厳しくなるな」
 これまで、城下に居たことはあっても兵舎に居たので市井のことには丸きり無知であった。警邏隊などに入っておればまた違ったのかもしれぬが……。
「繋がった子らを……どうにか保護出来ぬか?」
「うーむ。施療院には場所が無い」
 梟が腕を組んで唸る。

(でしたら、雎鳩様にご相談してみてはいかがか? 何か困りごとがあれば遠慮なく相談して欲しいとおっしゃっておられましたよ?)
 盆の上に茶を準備した鳰が、部屋に入ってきた。文机の上に湯呑を置いて、俺の隣に座る。
 窮屈そうに見えたので、そっと尻を移動させると鳰までつられて移動する。
 や、そうではないのだが……。
 知らぬふりで更にちょっと移動すると、鳰も知らん顔でこちらに寄ってくる。
 ……まぁ、一々気にするのはやめておこう。

「あれは、社交辞令でないのか?」
 俺が心配げに鳰に目配せすると、鳰はくいと顎を上げた。
(雎鳩様に限っては、そのような上辺のことをおっしゃる方のように思えませぬ。まぁ、色々資金面も関わってくることでございますし、言いにくい申し出であることは確かでございますから、いざとなったら私が雎鳩様の元にお話にまいります) 
 鳰にキラキラした目を返されて、俺は瞬いた。
 それは、……何か? 俺についてこいということか……。
 正直、気が進まぬのだが……。伯労の面影が、今の雎鳩本人に上書きされてしまう気がして……。

「そう言うことであれば、儂が波武を連れて鳰に付いて行こう。儂が言い出したことだ。その、子どもらの現状も説明せねばならぬしな」
 梟が顔を上げて、俺と鳰を見た。
「ああ、それが良いな!」
 鸞もニコニコと皆を見回す。
 俺は、内心ホッとして目を閉じた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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