玉の緒 4

文字数 900文字

 その夜、俺は夜具に包まり、手にしたものを灯火に照らして矯めつ眇めつしていた。

 小指の爪ほどの真珠。

 あの、猫だか何だかの獣を召した時に手元に残ったものだった。付いている金の金具からすると、これは多分、(みみだま)だ。屍のものか、それとも贄が身に付けていたものか……。鳰の肉を回収していた癖で、つい、握り込んだものを持って来てしまったが、いずれにせよ、これは亡き者の持ち物だ。屋代に持って行ったら、弔ってもらえるだろうか。

 さて、何処にしまっておくかと周囲を見回した時に、真珠を握った手に触れてくる柔らかい感触があって、ふと視線を戻した。
 ほの明るい光を纏った半裸の婦女……。
「これは……久しぶりに姿を見せたな。(うかり)
 俺の右手を両の手で包み込んでいた鴻――合口に宿る神――は、ニッコリ笑って頷いた。
「やはり、縁というモノはありますなぁ」
 ゆるゆると俺の右手をほどいて掌で光る真珠を目を細めて眺める。
 はて、鴻には見覚えのあるモノなのか?
「この珥を……見知っておるのか?」
「はい。伯労の持ち物です」
「え……」

 ああ、そうか。
 伯労は、縁結びの庵で雎鳩の身柄を救ったと言っていた。
 鴻が遠仁に乗っ取られたことも知っていた。
 忘れておった。
 鴻も……
「伯労を、存じておったのか」
「はい。人であった頃から……」
「そう……か」
 俺は真珠に視線を落とした。
「咎人となりて何もかも取りあげられた中で、これだけはと舌下に含んでいたと聞き及んでおりますよ」
 鴻はそう言って、俺の顔を覗き込んだ。
「これも何かの巡り合わせでありましょうから、伯労の形見と思うて持っておいては戴けませぬか?」
 伯労を偲ぶものは何一つ無かった。
 これが、唯一の形見となるのなら、と、俺は頷いた。
 鴻は優しく微笑むと、真珠を摘んで俺の右手首を取った。
「守りの一つに加えましょう」
 
 守り?

 鴻と目が合ったと思うたら、ふわっと形がほどけて消えた。
 己の右手首に視線を戻すと、右手の玉の緒に通る玉が、また一つ増えていた。
 鳰から結ばれた時に付いていた翡翠。
 俺が召した者らから受け取った赤い石。
 そして、伯労の真珠。
  
 これは……一体どういうことなのか。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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