乙女心と面目 11

文字数 867文字

(ちん)! 鴆はおるか!」
 座敷の内より雎鳩(しょきゅう)の鋭い声がした。
「誰じゃ?」
「俺だ。呼ばれた」
「なんと!」
 身を翻して座敷に戻る俺の後を鸞が慌てて付いてきた。
「よりによって儂が白羽の矢を立てた

に毒鳥の名を付けるなど言語道断じゃ! 一言文句を言うてやるわ!」
 大変にご立腹のご様子だが、鸞よ、今はそういう場合ではないと思われる。座敷内に足を踏み入れると、下座に居た侍女たちが皆、泡を吹いて倒れていた。

「鴆! 上を見よ!」
 雎鳩が壁際に貼り付いて天井を睨んでいる。
 交喙(いすか)はというと、酒膳をひっくり返して座敷の中央で仁王立ちになっていた。その交喙の丁度頭上にあたる天井に、天蓋を(かざ)したかと思うような大きな蜘蛛が居た。
「さあ、遠仁よ! 雎鳩に憑りついてやれ! この俺を莫迦にしくさったコヤツを、好きに御してやる!」
 目を赤くして浮かされたようになった交喙が、雎鳩に向かってニタニタと笑った。

「気持ち悪いな」
 俺の口から、つい正直な感想が出てしまった。
 交喙がギロリとこちらを見た。
「小心で卑屈な上気持ち悪いと来たら、どんな女子でも裸足で逃げ出すだろうよ。遠仁の力を借りねば意中の娘を手に入れることもかなわぬとは情けない」
「何を! この……侍従の分際で!」
 そう言うと、交喙は腰の刀をスラリと抜いた。
 俺も安摩の面を外して背後に投げた。
 交喙の目が見開かれる。

(うぬ)は……白雀!」
「いかにも……白雀である」
 俺は静かに答えた。どうやら交喙は正気ではなさそうだ。
 この目は鷹鸇(ようせん)に似ている。コヤツも何かに魅入られているのだろうか。
「はっ!」
 交喙は嗤った。
「汝を蓮角殿に差し出せば、私は覚えめでたく執政に引き立てていただける……」
 なるほど、阿比を捕らえて俺のことを聞き出そうとしたのは、そういうことか。俺は目を細めた。
「これは()のものだ! お前のような薄汚いモノにくれてやるものか!」
 俺の後ろからタタッと童子が走り出た。
 絹の袖をたくし上げ、玉の冠を揺らして交喙をぴたりと指さす。
「この! チンケな出っ歯野郎!」
 一瞬の間の後、雎鳩が吹き出した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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