麦踏 6

文字数 1,066文字

 その年最初の太陽の誕生というのは、感慨深いものがある。
 ヒトそれぞれ、生まれた日という意味での誕生日というモノは有るが、年齢は初日が出た時に一つ増えるという考え方をする。最初の太陽と共に新たな1年を迎えるとする為だ。だから、極端な話、大晦(おおつごもり)産まれの赤子は翌日1歳になる。
「さて、これで我々も生まれ変わって新たな一年を迎えるのだな」
 阿比は眩しい朝陽に目を眇めた。
(今年は、琵琶を奏することが出来るようになります!)
「えーと、俺は一月に一個所の肉を回収する!」
「一人でも多くの患者の治療をするぞ!」
「今年も無事で過ごす!」
「食いものの安全を確保する!」
「ワォン! ワウワウ!」
 最後の方はよく解らなかったが、ヨシ!

 施療院への道を戻って行き、途中で梟と阿比、その他で分かれた。梟と阿比はいつ何時お呼びがかかるか分からないので、今のうちに休んでおくのだ。
 その他組は麦畑へ向かう。
「大分、『手』には慣れたのか?」
 道すがら鳰に話しかけると、面を上げた。
(はい。感触が分かる分、以前より細かいことも出来るようになりました。先日は裁縫に挑戦してみたのですが、あれは難しいですね。玉結びというのですか? 糸が抜けないように結び目を作るのですが、梟殿は片手の2本の指で出来るのですよ! アレはすごい!)
 鳰は、身振り手振りを交えて興奮気味に伝えてくる。細やかに動く手先の動きを、つい、目で追ってしまう。
「それは、梟殿は鑷子(せっし)で糸を結べるくらい器用であるからな」
(ああ! そうですね! ケガを縫うときに糸を使います。出来れば布巾の一つでも縫えるようになりたいのですが……)
「練習あるのみだな」
(はい。いつか白雀殿にお守りを縫ってお渡し出来るようになりたいものです。私の為に危険なことをなさっているのですから、せめて……それぐらいはしたい)
 健気だな、鳰は。

「おい! 麦畑がフワフワしておるぞ! これが霜で浮いているということだよな!」
 一足先に行っていた鸞が、波武と共に戻ってきた。
「本当に作物を踏んでもよいのか? なんだか、背徳感情を刺激されるのだが?」
 鸞は面白いことを言うな。
(実際の作業は日が高くなって霜が消えてからです。やはり浮いておりましたか)
 まだ地面に貼りつくようにしている麦の苗を上から踏み固めることによって、根の張りを良くして分糵茎(ぶんげつけい)を促す作業を麦踏という。折角育った苗をいじめるような作業だが、これにより麦の苗を強くして収量をあげる効果があるのだ。
「では、一寝してから作業をするか」
(そうですね)
 一旦、施療院へ戻ることにした。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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