玉の緒 6

文字数 1,054文字

「今日は、主、出ずっぱりであるな!」
 鳰の姿を模した鸞は、鵠の寄こした馬車の座席に座って俺を見上げていた。向かいに座っている梟は、「鸞の声で滑らかに喋る鳰」にどうにも違和を感じるようで、先程からずっと、僅かに眉間に皺を寄せてこちらを見つめている。
「まぁ、都合で立て込むこともある」
 俺は、ふんと鼻で笑いながら答えた。

 夕刻と言っても冬の闇はせまるのが早い。迎えが来た頃合いで照り映えていた残照もみるみると

を潜め、鵠の屋敷に到着する頃には、すっかり周囲は闇に溶けていた。
「近頃、鳰は念波の装置を使わぬようになったな」
「まぁ、そこそこ意思の疎通は図れるからな! 要らぬようになったのは良いことではないか?」
 それは、そうなのだが、あの怒涛のおしゃべりも、無ければ無いで寂しいものだなぁ……。そのうち、自ら語るようになるのかもしれぬが。

 屋敷の門の内に入り、俺らは馬車を降りた。家人(けにん)に導かれて屋敷内へ向かう。此処へ来るのは昨年の夏以来だが、それよりも随分と年月を経たような気がした。

 あれ?

 屋敷の奥へ奥へと導かれながら、俺は違和感を隠せなかった。
 これは、怪しき様よ……。
 鸞へ、そっと耳打ちする。
「変だ。まるきり遠仁の気配が無い」
「ん? 主もそう思うか?」
「万が一、遠仁に横取りされないように、鬼車だけ招いたのだろうか……」
「はて……」
 梟の後ろをついて行きながら、俺と鸞は顔を見合わせて首を傾げた。

 暗い廊下の突き当りが鵠の部屋であった。家人が身を低くして訪いの言葉を述べ、ゆるりと戸を開いた。廊下の明かりが細く部屋内を照らす。家人は急ぎ、俺らを部屋内に案内すると、ピタリと戸を立てた。たちまち周囲は真っ暗になる。

「梟か。大儀であったな」

 奥の闇から声がかかる。……鵠か。
 やがて、闇に目が慣れて部屋内の様子がぼんやりと浮かび上がった。奥には天蓋に覆われた床がのべられ、鵠はそこに座していた。窓越しの光に、削ぎ落したように頬がこけた顔が浮かび上がる。炯々とした眼光が威容を物語っているが、痩せた体はまるきり病人であった。
「そこに()るのは……白雀か。……聞いたぞ。蓮角を片づけたそうだな。まぁ、無事、鷦鷯(しょうりょう)の肉を集め、人の成りにしたことに関しては労ってやろう。……ところで、……『鷦鷯をここに連れてこい』と言うたはずだが、

娘御を以て何とするつもりであったのだ?」
 鵠には、知れていたのか。
 背に冷汗が伝う思いでいた俺の隣で、鸞が小さく舌打ちをした。
「ふん! 遠仁がおらぬのはそういうことかよ!」
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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