堕ちた片翼  6

文字数 737文字

 夕餉の膳を下げに鷹鸇(ようせん)の部屋へ行った。
 戸口で膳を受け取って早々に立ち去ろうとすると、ちと待て、と呼び止められた。鷹鸇は一旦引っ込んでから、あれほど肌身離さず負っていた長物を俺の左肩に掛けた。
「不安なので、これを、今夜お前の部屋に預かっておいてくれぬか」
「不安?」
 意味することが解せず聞き返したが、無言で扉を閉められた。

「……」
 しばし、戸口に立ち尽くした。
 まぁ、顔見知りとはいえ物騒なものを持っている客人がいるというのは、気持ちの良いものではない。

 意図は知れぬが……まぁ、言われた通り預かっておくか。

 (くりや)まで膳を下げにいくと、丁度、波武(はむ)が餌を()んでいるところだった。俺の肩に引っかけられた長物に気付き、近付いてきてスンスンとにおいを嗅ぎ出す。
 俺と目が合うと、鼻っ柱に皺を寄せて小さくクシャミをし、再び餌に戻っていった。

(あ、そこに置いててください。梟殿の膳が戻ったら一緒に洗っておきます)
 背後から鳰の声がして振り返る。
「すまぬな。たのんだぞ」

 さて、俺も休むか。

 自室に戻ってから、左肩から長物を下ろし、枕辺に置く。
 寝巻に着替えるために吊っていた左腕を抜いて包帯をほどき始めた。
 
 背後に、気配を感じた。

 灯明のみの暗がりに、俺の左手が(あか)く薄ぼんやりと光を放った。

 なんだ?
 

のか?

 耳を澄まして身構えていたら、突然、背後から青い冷たい炎を吹き付けられてよろめいた。
 左腕で炎をかばいながら振り向く。
 出所は、あの長物だった。カタカタと鍔鳴りしながら青い炎を吹き上げている。

 なんだ? これは……。

 左手を突き出すと、炎は嫌がるように避けた。
 俺は、しばし思案してから右手で長物を掴んだ。

――オ前ハ 誰ダ
 
 カタカタと刀身を揺らしながら、長物は語りだした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み