神楽月 5

文字数 884文字

 翌日俺は村を出て、来た道を戻っていった。勿論、村人には怪訝そうな顔をされたが、忘れ物をした、と誤魔化した。

「その、鷹鸇(ようせん)とかいうヤツ、お前のなんなのだ?」
 鸞が不思議そうに訊いてきた。
「……嫌な奴だ」
 俺は道の先を見ながらひたすら歩き続ける。
「嫌なヤツなのに、気になるのか?」
「最初から……嫌な奴ではなかったからな」
 何が変わって、かようなクズに成り果ててしまったのか……。
 出会いは、華やかなりし記憶であった。

――シャン シャン シャン ひらり
――シャン シャン シャン ひらり

「俺は……歌も奏もからっきしだがな、舞楽は得意であったのだ」
「舞楽? あれか? 神に奉納するやつか?」
「ああ。入隊したてのガキの頃からな」
 今くらいの時期から新年の奉納会に向けて、修練に励んでいた。 

――シャン シャン シャン ひらり
――シャン シャン シャン ひらり

 神に奉ずる武楽舞は、朱の衣装に身を包み、肩喰(かたくい)も鮮やかな鎧兜を着て五色の胡簗(やなぐい)を背負う。石帯(せきたい)に太刀を帯び、全てを担ぐとなかなかの重さだ。
 鉦太鼓、笙の音に合わせて、太刀を閃かせて跳ねると鎧に仕込んだ鈴が軽やかな音を立てる。

――シャン シャン シャン ひらり
――シャン シャン シャン ひらり

 お前の動きには華がある。そう言われて、隊の(おさ)に舞手になるよう引き入れられた。まだ背が伸び切っていない頃だったから、兄貴分には散々の言われようだった。手前のようなチビは稚児踊りでもしておけ、と。
「背などその内伸びるわ。今のうちに仕込んでおけば、きっと見栄のする舞手となろう」
 そう言って、修練を見てくれたのが鷹鸇だった。

――シャン シャン シャン ひらり
――シャン シャン シャン ひらり

 まだ、戦の陰惨も知らぬ頃だった。ただ、武人のかっこよさに憧れていた。あれから何かが少しずつズレて歪んでいったのだ。

「ふうん。主の舞、見てみたいなぁ」
「峠を登り切ったら……一指し舞うてやろうか?」
「うーん。笙や笛は無いぞ?」
「太鼓があれば充分だ。琵琶の胴でも叩いてくれ」
「承知した!」
 鸞は足取りも軽くスタスタと俺の前に出て山道を登っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み