射干玉 7

文字数 955文字

――黒々とした美しい髪をしやがって!
――オレに見せつけやがって!
――けしからん! 実にけしからんぞ!

 大人の男ほどの大きさに盛り上がった黒いワカメは、鸞に向けて悪態をつき始めた。そうか、それで宿屋の男は、鸞をジッと見ていたのか。
「うわー、潔くない。見苦しい。みっともない」
 両手を口元に当てて(おのの)いている鸞は、相手を煽るだけ煽っているとしか思えない。

――お前もハゲてしまえ!

「いや、それはない」
 鸞は顔の前でヒラヒラと手を振った。

――なんだとー! 
――その美しい髪を毟ってやるから覚悟しろ!

 黒いワカメはうねうねと動きながら鸞にせまる。
 鸞はそれを見て、片眉をクイッと上げた。
()は何もハゲていることが悪いとは、一言も言ってはおらぬぞ」

――嘘を申すな!
――先程から、オレに悪態をつきまくっておるではないか!

「それは、毛が薄くなったことに無駄に抗ってジタバタしておる(うぬ)が『 潔くない。見苦しい。みっともない』と言っておるのだ! (うぬ)が卑屈になっていることが、悪いのだ!」
 鸞は黒いワカメをピシリと指さした。
「いくらハゲておっても、心がけのよい男はモテる!」

――いい加減を申すな!

「いい加減ではない! 毛が生えてれば良いのか? 生えれば生えたで生え際がどうの、毛の質がどうのと文句を言うのであろう? そうではないだろう! 汝は

に惑わされておるのだ! 見てくれに惑わされる者の前には、見てくれに惑わされる者しか集まらないものだぞ!」

――詭弁を申すな!

「何が詭弁だ! 汝だって、ヒトの見てくれに惑うているのだろう? 若いのがいいとか、見目がよいとか、乳がデカいとか! 汝がそうであるのに、ヒトに『ハゲで評価するな』などとはおこがましいわ!」

 俺は目をパチクリさせて黒いワカメと鸞のやり取りを見ていた。
 今回は、弁で遠仁を打ち負かす気か? 

――ムキーっ!
――言いたいコトばかリ御託を並べやがって!
――己がハゲ散らかしても同じ弁が言えるかどうか、今ここで試して呉れよう!

 黒いワカメがブワリと広がって鸞に向かって覆い被さろうとした。
「だーかーらー! そういうクソみたいな根性だから悪いと言うて居るのだ!」
 鸞は指していた手をひらりと翻すと、パチリと指を鳴らした。
 ワカメの中程がボスンと音を立てて後ろに弾けとんだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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