銀花 4

文字数 842文字

 企鵝(きが)曰く、雪の日に男が峠を通ると女子の幽霊が出るらしい。おくるみに包んだ赤子を抱いていて、我が子の可愛さを滔々(とうとう)と語った後、抱くように勧めてくるのだそうだ。ほだされて赤子を抱いてやると、凍え死ぬらしい。
「死んでしまえば口が利けぬ。何故そのようなことが解るのだ?」
「男の2人連れの片方が、ほだされて赤子を抱えたところ凍えて死にそこなってな、あと一人が救ったことがあったのだ。赤子と見えたモノは雪を固めたものだったそうだよ」
「へぇ……」
 俺は鸞と顔を見合わせた。
 幽霊? 遠仁とは違うのか?
「ソヤツが出たら、どうすればよいのだ?」
「無視。徹底的に知らん顔するしかない。うちの親父殿くらいジジイになると流石にちょっかいを掛けてこぬが、白雀あたりだと出るぞ。保障してやる」
 そういうのを保障と言っていいのかどうか些か疑問だが、どうやら出るのは確定っぽい。
「ということは、企鵝は会わぬのか」
「うん。女子には見えぬのよ。……大方、男に捨てられた恨みでもある幽霊なのだろうな。哀れなものだ。可哀そうだとは思うが、どうしようもない」
「屋代の謳いでは追い払えぬのか?」
「ああ、湖沼の神は特殊でな。肉と魂が揃わぬと召せぬのだ」
 企鵝が言うと、鸞が目を瞬いて反応した。
「ほう! 古い神がおったものだなぁ!」
「古い神?」
 俺が訝ると、鸞が、そうだ! と応じた。
「厳密に言うと、湖沼の屋代に居るのは久生ではなく、年が()った尸忌だ! 尸忌はうんと年を()ると、肉と魂の両方を召すことが出来るようになると聞く! 後は、特別なモノを喰うた時だ!」
「特別なモノ? なんだそれは」
「詳しくは知らん」
 まただ。
 鸞は肝心なところをすっ惚けた。
 特別なモノと言っても、尸忌が肉以外何を喰うというのだ。
「へぇ、鸞は難しいことを良く知ってるんだねぇ」
 企鵝は素直に感心した。鸞が久生であることは企鵝に言っていない。
「まぁ、とにかく、今夜は気をつけることだ。何かに話しかけられても寝たふりをしておけ!」
 企鵝はそう言って前を向いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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