モノノネ 5

文字数 1,217文字

 翌朝、鸞は影向のところへ出向く為、消えた。
 梟はいつものごとく診療の準備をし始め、鳰はその介助についた。俺と阿比は鍬を担ぎ、波武を連れて菜園の作業に出る。

「鸞……何ぞ変わって映ったか?」
 畑に鍬を入れながら、波武に問うた。昨日の、波武の歓待の意図を知りたかった。
「おう。(われ)に対する剣突(けんつく)

がのうなったのでな。考えを改めたのだなと思うた」
 見るモノが見れば、違いが判るのだな。俺からすれば、何も変わらぬ。
「うむ。鸞に鳰を巻き込む腹積もりであったことを聞かされて、胆が冷えた。

、諦めてもらえたようだ」
「……では考えを改めたわけでは無いのだな?」
 波武は顔を上げて俺を正面から見た。
 ん? 波武の言う考えとは……。
「波武は、鸞の……その、いわゆる

を憂いておったのか?」
 それには答えず、身体をブルルと震わせて波武は身をひるがえした。
 畝を仕立てていた阿比が、それはな、と口を開く。
「私と会った時から……既にそうよ。屋代の久生を『飼いならされた奴』と小馬鹿にしておりながら一方で羨ましがっておった」
「それは、常にヒトに囲まれて寂しゅうないからか?」
「否……」
 阿比はせっせと鍬を動かす。
「返品されるからよ」
「返品?」
 そういえば、久生を御しきれなくなったら天に返すと言っていたか。
「屋代の謳いは、形代を贄の代わりにして古い久生を新しい久生に召し上げてもらい、久生を入れ替えることをする。私は、それが嫌で屋代には付かぬ」
「久生を召し上げるのは、

でよいのか?」
 では、鸞が、鳰を所望したのは何故だ?
 阿比は、片眉を上げて俺を見た。
「鸞が、

で釣り合う玉だと思うか? アヤツは生者から魂をもぐが、普通の久生はそこまでの力を持つ前に、強制的に入れ替えをされる」
「入れ替えは、強制なのか!」 
 俺は驚いた。だから鸞は「飼いならされた」と言うのか。
 だが、一方で、飼いならされぬと孤独を極める。
「鸞以外にも、野良の久生は居るであろうに……」
 鍬で掘り返した土の間から蚯蚓(みみず)が覗いた。それめがけて鳥が下りてくる。
「おるよ。……だが、皆、鸞のように懐っこくない。魂だけ奪うとさっさと消える。祖霊様に死者の魂を送り届ける役である久生は、そもそもが『名無し』の無形の神だ。確たる自我を持たぬ祖霊様の分身と言われ、漠としておる。そこで、屋代の久生には現世と結び付ける(くびき)として名を与え、自我を獲得させる。ところが、鸞は……出会った当初から名を持っていた。誰に名を賜ったのか何に(つな)がれておるのか分からぬが、それ故に『名無し』の久生のような振る舞いができぬようだ」
 蚯蚓を咥えた鳥は、さっと飛んでいった。
 そもそも鸞は変わり者の久生であったのか。でも、だからこそ、阿比が救われたのだとも言えるが。
「では、ヤツは鳰の代わりに何を肉にする気なのだ?」
 波武がこちらに振り向いた。
 ああ、言わねばならぬのか……。
「……俺だ」
 波武の視線が痛い。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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