遠仁の憑坐 4

文字数 571文字

 阿比(あび)と共に施療院へ戻ったが、どのような顔をして(にお)を見ればよいのやら、と困った。
 やっと、血縁のように気兼ねなく接することができるようになったというのに。哀れみや憐憫の情で鳰を見るのは間違っている。

 表の扉を開けると、(きょう)が散らかった診察室を片づけていた。
「あ……、鳰は?」
「もう、休むといって、波武(はむ)と寝所へ行った」
「そうか……。もう、夜も(おそ)いしな」
 図らずも、ホッとしてしまった。

「この世ならぬものを吐き出して、気が悪いであろう。香茶でも淹れようぞ」
 梟は、俺の背に軽く触れると(くりや)退(しりぞ)いた。
 あの感触を思い出して、俺は己の喉元に手をやった。
 アレは……しばらく夢に見そうだ。
 
 時を置かずに花の香を放つ茶を淹れて、梟が戻ってきた。
 既に準備してあったのだろう。気遣いがありがたい。

 思い思いの場所に腰を下ろして、しばし花の香を楽しんで茶を啜った。

「白雀殿……」

 茶を半分ほど飲み下したところで、梟が改まった調子で呼ばわった。
 目を向けると、梟は一点を見つめて暗い顔をしている。
 何事か、と、湯呑を膝に置いた。

「一つ……儂は、お主を(たばか)っておった。かような仕儀(しぎ)となり、その経緯を話しておかねばならぬようだ」
「なんのことだ?」
 俺は、目を瞬き、阿比にも目を配った。
 何故だか、阿比も渋い顔をしている。

「お主に『丹』を埋め込んだのは、国主殿の命じゃ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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