射干玉 6

文字数 796文字

 雨脚が強まった所為なのか、周辺の人影が無くなった。
 急いで洞に駆け込み、濡れた蓑笠を脱いで水滴を(はた)く。
「このままでは身体が冷えるな」
 洞の奥に吹き溜まっている枯葉や枝をかき集める。この量では小一時間もつかどうかであるが……有るに越したことは無い。火打石を取り出して、綿の火口(ほくち)に火をつける。小さく火が燈って枯葉に移った時、天井から何かがベチャリと落ちた気配がした。
 俺の左腕がドクンと脈打つ。
 鸞が目を剥いて足元を見つめていた。
「何だこれ……きも……」

 黒く、光沢をもってぬめった、ぐちゃりとした塊が落ちていた。それは目の前でザワザワと蠢いた。目の端に同じく蠢く気配を察して周辺を見渡すと、湿った地面に同じような黒い塊が蠢いている。というか、黒いぐちゃぐちゃは明らかに周辺から押し寄せるようにしてこちらに移動して来ていた。
「……ワカメ?」
 俺は見たままの感想を述べた。
 それを受けて、鸞が口を尖らせて文句を言う。
「こんな……山奥に? ワカメとは、海のものだろう? それに、このような動きをするモノではないはずだが?」
 鸞は嫌そうに顔を歪めて少しずつ後退(あとずさ)った。
 黒いワカメのような塊は、ザワザワと蠢きながら固まって小さな山を形成していく。
「にしても、くっさー。オマケに、きっもー。縁結びのイソギンチャク以来のキモさだな」
 鸞の悪態を耳に、黒いワカメを見ていた俺は、あれ? と思った。
 今朝見た(すみ)頭巾の下から覗いていたのは、髪の毛ではなく、此れであったかもしれない。
 もしかしてこれは、角頭巾の下に隠れていたモノ?
 今朝は、はみ出ていたから俺が反応出来たのか?

「コヤツ……あの宿屋の男の、ヅラか?」
 俺の呟きに、黒いワカメがザワリと反応した。

――ヅラって、言うなー!

 鸞がぶふっと吹き出した。
「なんだ。やっぱりハゲておったのだ」

――ハゲって、言うなー!
 
 黒いワカメの塊が、ブワッと立ち上がった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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