麦踏 7

文字数 1,299文字

「よいか! 鳰はそちらの端から踏み固めるのだぞ!」
(合点承知であるよ!)
「用意!」

 えーっと……な、これは競争ではないのだが……。

 先程から、鳰と鸞が畝の端と端からそれぞれ麦踏をして、中程で落ち合うという争いをしている。
最初に火をつけたのは鳰の方で、鸞は軽いから時間がかかるな、的なことを言ったものだから負けず嫌いの鸞がそんなことは無い! と応じたのだった。俺は自分なりの速さで作業を進めている。

「まるで子どもだな……」
 つい漏らすと、鳰が(おもて)を上げた。
(まだ子どもです! 気を散らさないでくださいっ!)
()も子どもの成りで居るから、子どもであるよ!」
 年明け早々に元気の良いことだ。
 まぁ、こういう時もなければな。身が持たぬ。

「楽しそうで何よりだな」
 波武が大欠伸をした。
「何の都合か、主の合口に(みずち)が宿るとは思わなんだわ」
「俺もだよ。切れ味は申し分無いし、見た目よりも守備範囲が広くなったのは有難い」
 波武は大きくブルブルと身を震わせた。
「ところで、ここ最近、遠仁は増えてはおらぬか?」
「いや、こちらはそうでもない」
「なら……良いのであるがな」
 俺は、地団太を踏んでいるような鳰と鸞に目を移した。
 お願いだから、蹴散らすなよ。

「波武は、あの国主殿の屋敷をどう思うか? 国主殿は普通にヒトであったが、鳰の肉を抱えた強い遠仁を引き連れていた。先日会った善知鳥(うとう)は、その国主殿の直属のようなことを言って遠仁を従えていたが、そやつらは鳰の肉は持っておらなんだ」
「ふむ……いい線を行っておるな」
 やはり口が堅いか……。
「うっかり口を滑らさないかと思うたが?」
「そうはならん」
 波武は笑ったようだった。
「お腐れは臭いところに寄るものよ。これが、漏らせる範囲の最大の糸口だ」
 やはり、城下周辺が一番臭いということか。
 だが、善知鳥の件もあるから、まだ戻るには早い気がする。善知鳥以外にも他の宿で張っているモノがいるかもしれない。

「ところで、何故、狂女の話を『噂』と切って捨てた?」
「……そうだったか?」
 波武はとぼけた。
「どうやら、鷹鸇が赤子だった鳰を盗んで『夜光杯の儀』の贄として連れてきたらしい。その鷹鸇が持っていた太刀は血で封じられていた。多分、その血は鳰のものだ。その太刀が、狂女の話をもたらした……。なあ? 繋がっている気がしないか?」
「そうか?」
 ワサッと音を立てて波武は首をひねった。

 その時、最大音量かと思うような鳰の念が飛んできて、俺は身をすくめた。
「うるっさ……なんだ?」
 見ると、畝を跨いだ鳰が、腰に手を当ててふんぞり返り鸞を見下ろしていた。鸞は拳をプルプルさせて身を固くしている。
 あれ、……また鳰の勝利か。
「むううううう! 体格差を笠に着るのはずるい! 久生としての真価を見せてくれるわ! 対等に勝負だ!」
 あーあ……。それは大人気ないだろう……。
 鸞は見る間に男の子に成長して、鳰を見下ろした。
 と言っても精々1、2寸くらいの違いだ。
(わー! すっごいです! 久生ってそんなこと出来るんですね!)
 鳰は驚いて鸞を見上げている。
「さあ! 次の畝は吾が勝つぞ!」
 鸞はクルリと踵を返した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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