堕ちた片翼  9

文字数 1,061文字

 施療院の戸口を出ると、門の下で(きょう)が軽装騎馬隊3人に囲まれているのが見えた。軒先には波武(はむ)が座して、睨みを利かせている。俺は、とりあえず梟の元へ駆けつけた。

「何事か?」
「おう。客人は離れか?」
「あ、ああ。夕餉を下げる時に見たきりだが……」
 梟の問いに、俺は落ち着きなく騎馬隊員に目を配りながら応えた。

「離れはいずれか」
 笠を被った騎馬隊員が聞き、梟は、こちらへ、と案内(あない)を始め、2人の騎馬隊員が離れた。俺は、残りの独りと門下に残された。

「よもや、貴殿は白雀(はくじゃく)殿にござりませぬか?」
「ん?」
 俺が訝ると、騎馬隊員は笠を脱いだ。
花鶏(あとり)にございます」
 俺は目を見張った。仕官していた時に同宿に居た後輩であった。元気がよく利発で、同じく下級仕官の出で……俺を慕ってくれていた。

「やはり……鷹鸇(ようせん)殿は、(いつわ)っておったのですね」
「何を……?」
 俺は茫然として、面皰(にきび)跡に(いささ)か幼さの残る花鶏の顔を見つめた。
「鷹鸇殿が、白雀殿は施療院で亡くなったと皆に広めたのです」
「いつ?」
 急速に体が冷えていく心地がした。
「貴殿の兄君が亡くなられて家督の話が出た折、施療院で治療中の貴殿は左腕の不具が回復の見込み無しとみなされ……弟君が家督を継がれました。その(のち)のことでござります。その数月後に、貴殿の父君が、先の春に母君が亡くなられて……。後ろ盾をなくした弟君は官位を返されて姉君の養子になられました」
「…………知らぬ」
 呟くのが、精一杯だった。

「あの鷹鸇殿の言うことですから、皆半疑でございましたが……何せ施療院までは遠く、不確かなことを調べる為だけに休暇をいただいて出向くには躊躇われ……」
 花鶏の声は尻つぼまりに小さくなっていく。

 いや、俺が言葉を継げぬのは責めているからではない。
 ただただ、混乱していた。
 父母が、亡くなっていた?
 弟が官位返上?
 事実上、俺の家は……無くなったということだ。

「先日、計里殿より白雀殿は生きておられるとの知らせがもたらされましたが……その……」
「ああ、もう、良い……。家督を弟に譲った時点で、俺は家から捨てられたようなものだ。それより……お主らが来るということは、鷹鸇は何をやったのだ?」
 軽装騎馬隊は、城下の警邏部隊だ。主に犯罪者を追い立て捕縛(ほばく)する任を負っている。 

「鷹鸇殿は、……奥方とご子息様を、手に掛けられたのです」
「!」
 
 家族を、殺した、だと? 

その時、離れの方から声がした。
「おらぬ! 鷹鸇はいずこに逃れたのか!」

 そういえば、長物は、どうなったか?
 俺は、弾かれたように自室へ走った。花鶏が後に続いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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