さえずり 8

文字数 917文字

 翌日、兵部大丞家へ向かう梟に手紙を託した。鳰の後見を頼む雎鳩に、いわゆる上流階級の仕来り習慣について、鳰に教授して欲しいと依頼する書簡をしたためたのだ。
 俺の目から見ても、鳰はしっかりと躾けられた良い子ではあるが、いかな鵠の墨付きの身分となったとしても、降ってわいた後継であることには変わりない。クソ意地の悪い大臣(おおおみ)どもにチクチクやられるのは目に見えている。
 だが、大丞の身分では後見としては些か弱い気もする。兵部大輔に嫁いだ翡翠にも助力を仰ぐべきだろうか。それなりの教育をほどこしてくれる味方も探さねばならぬ。

「先のことを考えると、悩みが尽きぬな!」
 施療院の門口で、共に鳰らを見送っていた鸞が溜息を付いた。
「鳰を、人の世に戻す手伝いだと思うて、やるべきことを成すしかない。まぁ、些か予想とは違う展開であるがな」
「ふむ」
 鸞はくるりと踵を返した。
「あのあと、考えてみたのであるが……鵠に憑いている鬼車だけ引きはがすことが出来れば、鵠と鳰だけ会わせることが出来るのではないか?」
「そう……簡単に行くかな? 波武ですら首一つもぎ取るのに数年要したらしいのに」
 俺も鸞に続いて屋の内に向かう。

 ふと、背中に足音を聞いた。今日は昼時まで休診であるのにな、と振り返ると黒ずくめの男がこちらに手を振ってやって来るところであった。
「おや、阿比殿……」
 俺の声に鸞も振り返る。
「……ほんに自由なヤツよの。何しに帰った?」
 阿比を上目に睨んで鸞はツンケンしている。
「酷いな鸞。戻った者に言うべき言葉はそれではないだろう」
 阿比が口の端を曲げて鸞に文句を言うと、鸞は阿比の顔を真似返した。
「吾に断りもなく、さっさと居なくなるからよ! こちらへ戻ってみれば波武しかおらぬ。吾の都合も考えろというのだ! 仕事の計画が伸びてしもうたわ!」
 阿比が居なくなったことで鬼車を探すのに波武を連れ出せなくなったことを、鸞も癪に思っていたようだ。
「そんな、……鸞がこちらにいつ戻るかどうかなぞ知らぬわ。それこそ勝手にそちらが計画していただけであろうが」
「ああ、まぁ、門口で言い合いも何であるから、取りあえず中へ入ろうぞ」
 俺は鸞と阿比の衣を掴んで屋の内へと引き込んだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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