玉の緒 9

文字数 864文字

 ここでハタと窮した。鴻を引き抜こうにも、こちらに重石(おもし)を駆けてくる勢いでのしかかっている為、俺は動きを封じられたかたちになった。

「肉を切らせて、か? 一応、脳みそはつまっておるのだな!」
 俺めがけて襲い掛かってくる頭どもを、鸞がピシピシと細かく爆ぜて追いやると、俺のすぐ前に潜り込んで両手を差し上げた。
「あんまり気持ちのいいものではないがな! 吾と主には効かぬから出来る技よ!」

 俺の頭上にのしかかっていた首が爆ぜて吹き飛んだ。生臭い飛沫が一気に降りかかる。着ていた衣の飛沫がかかったところがシュウシュウと音を立てて溶け、上着の布がボロリと崩れた。

「うわ、さっむ!」
「我慢せい!」
「扱いがひどいな」
 反動で落ちてきた首を鴻で両断する。
 今度は青い光がグルグルと飛び回って俺の右手首に収まった。

「おい! 色違いだぞ?」
「細かいことを言うな! 主を襲ったのと、吾が狙っていたのとが(ちご)うてたのよ! ええい! 今のも外れだ! やっぱり赤かよ」
「どれよ? 赤」
 
 早くも二つの頭を落としたので、鬼車は身を引いて狼狽える者といきり立って激高する者、首をすくめて縮こまる者とそれぞれがそれぞれの思惑で入り乱れて訳が分からぬ様になっている。赤い宝玉を戴いている者は首をすくめて縮こまっていた。

「あれはちと難しいな。白いのいくか?」
 俺は激高して頭を掲げてうねっている首を提案する。
 そうだなぁ、と鸞は右手を掲げて白い宝珠を戴く頭の顎を弾いた。
 のけぞったところを狙って、俺が鴻で薙ぎ払う。今度はキレイに切れて、首は後ろに落ちていった。白い光がついと上がって俺に向けて飛んでくると、一回周囲を回ってから右手首に収まった。

「なぁ、鸞、ヤツの足元……」
「ん? どうした?」
 のけぞった時に反り上がった胸の下に鬼車の足元が観えた。
 引き渡された注連縄(しめなわ)(ぬさ)
 鬼車の足元には結界が張ってあって、こちらには来られぬようになっていたのだ。鬼車の後には大きな洞が空いていた。

「そう言えば、鵠は?」
「洞の内に隠れたのか……」
 奥はきっと、あの洞穴へと続いている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み