花方 3
文字数 1,360文字
波武の後について行くと、注連縄の結界を渡した通路に出た。
俺は此処まで来たことは無かった。この先が、鵠の屋敷の地下になるのか。
「此処をまたぐと、ヤツの領域だ」
波武はそう言うと、注連縄を跨いで向こう側へ行った。
波武の姿が闇に溶ける。俺と鸞は目配せすると波武の後に続いた。
真の闇。
鵠の部屋と同じだ。どこからか漂う生臭いにおい。
俺の右手首から、また波が広がった。
石畳の床。石柱で支えられた広い空間が現れた。
左手奥に祭壇が設えてある。その、祭壇の奥で蠢くモノ。
「ちいと、おびき出すか」
鸞が呟くと、玻璃の杯を振った。
祭壇の奥に居た鬼車が一斉に頭をもたげて周囲を探る仕草をしている。
「今度は首を出しているだけの状態とは違うからな。心して行けよ」
「うむ」
俺は鴻の鯉口を切った。
波武が、前足を踏ん張って身を低くすると、グルルルルと低く吠えた。
その声に鬼車が反応して、例の騒々しい厭わしい声で一斉に鳴き交わし始めた。
「まずは、端の翡翠から行くぞ!」
「承知した」
こちらへ向かってのしのしと向かってきた鬼車に鸞の右手が閃いて、翡翠の宝玉を戴いた首が横面をはたかれたように爆ぜた。伸びた首に鴻を振り下ろした瞬間、黒瑪瑙の宝玉を戴いた首が視界を遮った。鴻が弾かれる。
「クソ!」
鬼車も連携しだしたのか。
広さがあるので、鬼車は翼も使える。鴻の風刃が鬼車の羽ばたきに相殺されてしまう。直接切りつける他は無いようであるのに、鶏の様に鋭い鉤爪を持つ足がそれを拒む。
波武は鬼車の胴に躍り上がって首の根元を狙って牙をむいた。首が伸びあがる隙に、鸞が鬼車の頭を爆ぜようとするが、ことごとく黒瑪瑙が邪魔をする。
せめて、翼をどうにか出来れば……。俺は素早く動いて鬼車の後ろを取った。鸞に向かって屈んだすきにその尾羽の付け根にしがみつく。
鬼車の背に居た波武が目を剥いた。
「白雀!」
「俺はまず翼を封じる! さすれば、もっと鴻を生かせる!」
「なら、助太刀してやるぞ!」
羽根を掴んでじわじわとよじ登っていく俺に降りかかる頭を、波武が噛みつき威嚇して追い払う。
ようよう左の翼の付け根を掴み、鴻を何度も振り下ろして抉 った。金切声に近い鳴き声を上げて、頭の直ぐ上を絡まった首がうねる。
波武が噛みついてつぶした鬼車の目から、酸が噴き出して俺の頬にも降りかかった。
左の翼がだらりとなり、俺はそのまま背中を這って右に移動する。
鬼車が躍り上がって俺を振り落とそうと暴れる。
必死に背中の羽根にしがみつく。
鸞が、足を狙ったらしい。
鬼車は急にガクンと均衡を崩してくずおれた。
その隙に右の翼の付け根に辿り着き、鴻を振り下ろす。
よし。右も封じた。
鬼車は片足だけで藻掻いている。
俺は今度は首の付け根に這いあがった。
どれがどれの付け根なのか分からぬが、手直な首を鴻で薙ぎ払った。
酸を吹き出してぐらりと首が一つ落ちた。
「今のなんだ?」
「虎目だ!」
下から鸞が答える。
波武がようよう食いちぎった頭を一つ振り落とす。片目をつぶしたヤツだ。
あの色は翡翠か!
その時、ドオンと大きな音がして床が、部屋全体が揺れた。
「黒瑪瑙のヤツ、石柱を一本突き崩しおった」
背後で波武が息をのむ気配。
黒瑪瑙……どうにもコイツだけは勝手が違うようだ。
俺は此処まで来たことは無かった。この先が、鵠の屋敷の地下になるのか。
「此処をまたぐと、ヤツの領域だ」
波武はそう言うと、注連縄を跨いで向こう側へ行った。
波武の姿が闇に溶ける。俺と鸞は目配せすると波武の後に続いた。
真の闇。
鵠の部屋と同じだ。どこからか漂う生臭いにおい。
俺の右手首から、また波が広がった。
石畳の床。石柱で支えられた広い空間が現れた。
左手奥に祭壇が設えてある。その、祭壇の奥で蠢くモノ。
「ちいと、おびき出すか」
鸞が呟くと、玻璃の杯を振った。
祭壇の奥に居た鬼車が一斉に頭をもたげて周囲を探る仕草をしている。
「今度は首を出しているだけの状態とは違うからな。心して行けよ」
「うむ」
俺は鴻の鯉口を切った。
波武が、前足を踏ん張って身を低くすると、グルルルルと低く吠えた。
その声に鬼車が反応して、例の騒々しい厭わしい声で一斉に鳴き交わし始めた。
「まずは、端の翡翠から行くぞ!」
「承知した」
こちらへ向かってのしのしと向かってきた鬼車に鸞の右手が閃いて、翡翠の宝玉を戴いた首が横面をはたかれたように爆ぜた。伸びた首に鴻を振り下ろした瞬間、黒瑪瑙の宝玉を戴いた首が視界を遮った。鴻が弾かれる。
「クソ!」
鬼車も連携しだしたのか。
広さがあるので、鬼車は翼も使える。鴻の風刃が鬼車の羽ばたきに相殺されてしまう。直接切りつける他は無いようであるのに、鶏の様に鋭い鉤爪を持つ足がそれを拒む。
波武は鬼車の胴に躍り上がって首の根元を狙って牙をむいた。首が伸びあがる隙に、鸞が鬼車の頭を爆ぜようとするが、ことごとく黒瑪瑙が邪魔をする。
せめて、翼をどうにか出来れば……。俺は素早く動いて鬼車の後ろを取った。鸞に向かって屈んだすきにその尾羽の付け根にしがみつく。
鬼車の背に居た波武が目を剥いた。
「白雀!」
「俺はまず翼を封じる! さすれば、もっと鴻を生かせる!」
「なら、助太刀してやるぞ!」
羽根を掴んでじわじわとよじ登っていく俺に降りかかる頭を、波武が噛みつき威嚇して追い払う。
ようよう左の翼の付け根を掴み、鴻を何度も振り下ろして
波武が噛みついてつぶした鬼車の目から、酸が噴き出して俺の頬にも降りかかった。
左の翼がだらりとなり、俺はそのまま背中を這って右に移動する。
鬼車が躍り上がって俺を振り落とそうと暴れる。
必死に背中の羽根にしがみつく。
鸞が、足を狙ったらしい。
鬼車は急にガクンと均衡を崩してくずおれた。
その隙に右の翼の付け根に辿り着き、鴻を振り下ろす。
よし。右も封じた。
鬼車は片足だけで藻掻いている。
俺は今度は首の付け根に這いあがった。
どれがどれの付け根なのか分からぬが、手直な首を鴻で薙ぎ払った。
酸を吹き出してぐらりと首が一つ落ちた。
「今のなんだ?」
「虎目だ!」
下から鸞が答える。
波武がようよう食いちぎった頭を一つ振り落とす。片目をつぶしたヤツだ。
あの色は翡翠か!
その時、ドオンと大きな音がして床が、部屋全体が揺れた。
「黒瑪瑙のヤツ、石柱を一本突き崩しおった」
背後で波武が息をのむ気配。
黒瑪瑙……どうにもコイツだけは勝手が違うようだ。