古き物 12

文字数 975文字

 鳰を連れて兵部大丞の屋敷へ戻る。そのまま雎鳩のところに居たら、興味津々の鳰の前で身ぐるみはがされそうであったので、急ぎ自室へ撤収して女装を解いた。
 化粧を落としていると、鸞がポツリとつぶやいた。
「何であろうの? あの、女子2人の同士のような意気投合っぷりは……」
 多分……同じ方法で同じ神に奉じられた故の……共感なのであろうな。
 俺は思いを切るように頭を振った。
「ところで阿比殿たちはどうしたのだ?」
「ああ、戸締りと挨拶回りを済ませてから来るので、一足遅れるのだそうだ!」
「そうか」
 鳰一人で強烈だからな。個別で来るに越したことは無い。

 迷った挙句、侍従の白装束で雎鳩の部屋に行った。
 戸の前に立つと、もう中の賑わいが漏れ出ている。戸を叩くと、雎鳩の声で、どーぞー! と返事が返ってきた。そろそろと戸を引く。
「ねね! 見てあげて! すっごく可愛くなった!」
 興奮した様子の雎鳩に押され気味になって傍らの鳰に目をやる。豊かな髪を結い上げて、露わになった白い(うなじ)にドキリとした。クルリと振り向いた姿に、更にハッとする。紅を引いて大人っぽくなった顔は……。
「……似ておるの」
 鸞が小声で囁いた。
 俺も小さく頷いた。
「…………俺も、そう思う」 
 雪の中見た、入江にそっくりだった。
 儚げな雰囲気も、身体そのものから光があふれているような佇まいも……。

(どうですか? 白雀殿! 似合いますか? こんな素敵なお衣装に袖を通すことを許されるなんて、夢のようで御座います! わー! 波武や阿比殿にもお見せしたいところですね! ところで、勿体ない! なんで白雀殿、元にもどしてしまわれたのですか? もう少し女子の姿の白雀殿を見とうございましたのに!)

 大興奮の念波にキーンとなった耳を押さえる。
「こ、これは……」
 喋った途端にぶち壊しだな……。
 いや、実に鳰らしくて良いのだが。
(あ、あと、雎鳩様が化粧してくださるというので、折角だからと持ってまいったのですが……)
 鳰が、自分の着ていた衣装のそばに置いてあった、例の桜貝の花簪を手に取った。
(裏に、銘が彫ってあったのです。この簪の作り手なのか送り手なのか解らぬのですが、鸞か白雀殿か……解りますか?)
 鳰から簪を受け取って裏返すと、丁度花の台座に当たるところに確かに銘が入れてある。
――鷦鷯(しょうりょう)
 これは……鳰の誠の名か?

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み