借り 1

文字数 760文字

 夕方になり、夕食の箱膳と共に鳰を施療院へ送り届けた。
 鸞と鳰がワイワイと顛末を梟に語っている間、雎鳩が俺の耳元に囁いた。
「今夜、ボクちゃんが寝た後で出て来てくれる? 話しておきたいことがあるから。波武も同席できるって」
「波武が?」
 終に、その口が開かれる時が来たのか!

 夜半、寝息を立てている鸞の傍をそっと離れ、音を立てないように部屋を出る。
 さすがに夜分は冷えるようになった。
 冴えた三日月が空に掛かる。
 今年の月見は地下探索で疲れ切っているうちに過ぎてしまった。こちらの殺気だった様子に、精鋭らも何をか察して声を掛けても来なかったし。

 縁台へ行くと、小さな手炙り用の火鉢を準備して雎鳩が待っていた。
「綿入れも準備しといた。ちょっと、寒くなって来たもんね」
「波武は?」
「じきに姿を現すと思うわ」
 温かい白湯の入った湯呑を差し出される。
 俺は遠慮なく受け取って、冷えた手を温めた。
「アイツは、なかなか姿を現わさないわね……」
「鬼車のことか?」
「そろそろ、……お腹が減ってんじゃないかと思うんだけどねぇ」
「?」
 
 庭の植栽がガサガサと音を立てた。灰色の獣が顔を出す。波武だ。
「待たせたな、伯労(はくろう)に白雀」
 俺はハッとして雎鳩を見た。
 雎鳩の中の遠仁には、やはり名があったのだ。
「あらま。まだ白雀に名前を晒してなかったのに」
 雎鳩――改め伯労は口を尖らせた。
 おや、そうだったのか、と呟いた波武は、夜露をブルリと払ってから、俺と伯労の間に身体をねじ込んだ。

「まさか……波武と、その……伯労が繋がっていようとは思わなんだ。如何様(いかよう)な経緯があるのだ?」
 まず、俺が口火を切った。
 波武はふいと俺に頭をもたげると、己の口の周りをペロリと舐めた。
「コトの始めを言えば、(われ)の招いたことよ」
「波武の?」
 俺は波武の黒い瞳孔をジッと見詰めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み