羽化(鬼車退治後顛末) 4

文字数 940文字

「では、吾が白雀の魂を召せなくなったのは、丹と馴染んでしまったからなのか……」
 鸞と波武は茫然として丹く燃え立つ白雀の魂を見上げた。
「それにしても、巨大な火球よ。コレと、いかようにして付き合うて行けばよいのか?」

(ああ、……まだ、白雀、

でいるからね。意識が戻ればちゃんと、ボクちゃんみたいに成れるはずよ)

「浄化に……白雀の意識は関係ないのか……」
 鸞と波武は、頭を揺らして嬉し気に鳴き交わす九鳳の巨体を見た。
 未だ振り積む花弁は洞窟の隅々に潜む遠仁たちすら召し上げ、生臭くよどんだ空気はいつしか清涼なそれと入れ替わっている。
「とんでもないな」
 波武は、溜息を付いた。
「吾も、さすがに寝たままで魂を喰えぬわ」
 鸞も目をパチクリさせる。

(まぁ、今は箍が外れた故の大暴走みたいなものだし……。意識がない分、制御もないから、まーやりたい放題ね。すっかりキレイになっちゃったわ)
 伯労はクスクス笑う。
(その内、白雀も目を覚ますでしょう。そうしたらゆっくり今後の身の振り方でも考えればいいわ。

のだから。……さて、これで私の役目も終わったわね。安心して祖霊様のもとに帰れるわ。鸞も、波武もありがとう。皆に出会えてよかったわ)
 

――チリーン!


 辺りは元通りの静けさに戻った。
 鬼車の死骸も、九鳳の姿も、無い。鵠の遺体すら消えている。
 浄化しつくしてしまったからか、いつの間にか花弁は降り止んでいた。

 鸞は、丹く燃える魂の下――白雀の亡骸の上――に落ちていた翡翠と真珠の玉の緒と、合口を拾い上げた。
「吾と同じ……ということは、白雀は『神』になったのか」
「……と、言うことになるな。どうやら吾らとは段違いの存在になってしまったようだが」
 2人で見つめ合って、どちらともなく溜息を付いた。

 さて、どうしようか……。

 このまま待っていても、白雀はいつ目覚めるものやら分からない。
「いずれにせよ……白雀は肉から解き放たれてしもうたのだから、鳰と共に人の営みをすることは出来ぬ」
「ここは、やはり、鳰には鳰の人生を歩んでいただく他はあるまい」
「では、波武、心置きなく白雀を召してやれ」
「うむ。そうしよう」
 波武は、白雀の肉を喰い始めた。


< 終わり >
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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