入れ子 1
文字数 1,008文字
やんごとなき姫君を、まさか独りで帰すわけにはいかぬ。俺は舞衣装から女装に着替えると、鳰の肺を鸞に託し、雎鳩と共にこっそりと屋敷へ戻った。
雎鳩を居室へ押し込めて早々に辞去しようと身をかわすと、衣の裾を雎鳩に踏まれた。
「もー、逃げるんじゃないわよ!」
「逃げておるわけでは無い。……今でなくてもよいだろう?」
「今で無かったらいつなのよ!」
振り返ると、すぐ後ろに口をツンと尖らせて眉間に皺を寄せた雎鳩の顔があった。
「鬼車が無うなったのを確かめてからでもよかろう?」
「ぜんっぜん良くない! あんた、……見たでしょう?」
雎鳩は俺の袖を引っ張って無理矢理円座に座らせた。
「私がいたら、鳰ちゃんは喋れないのよ? あんたを案じて声を掛けようにも、言葉を紡げないのよ?」
雎鳩の――伯労 の目が燃えるような光を放って俺の顔を覗き込んだ。途端に、俺の左腕がドクンと熱く脈打ち始めた。慌てて、左腕を押さえる。
「鳰ちゃんが可哀そうだとは思わないの? ほら! あんたも覚悟を決めなさいよ! これで私も洗いざらい話せるんだから!」
伯労の手が、左腕を抑える俺の右手首を押さえた。
「いや、でも、今直ぐとは……俺も………」
「……何よ」
「………」
伯労の強い視線に、こちらの視線が泳ぐ。
「直ぐには……決められぬ。……俺に、……今、伯労を喰えと言うのか?」
「朴念仁の癖に……。優しすぎるのよ、あんたは。……だから………」
伯労はそこで一旦言葉を切って俯くと、自ら円座を引き寄せて俺とひざを突き合わせるようにして座った。
「蓮角が鳰ちゃんの父親じゃないかって、何処で気が付いたの?」
「ああ……それは、都が言っていた『蘭陵王』の舞手の話からだ。俺の記憶が確かなら、蓮角は『蘭陵王』を演じたことが無い。番舞を演じた同士の時期に、蓮角と鷹鸇が入れ替わったのではと、そう思うて……」
「なるほどねー」
伯労はニヤリと笑った。
「鳰ちゃんの装いは雎鳩に任せたの。そしたら、驚くほど入江にそっくりだったみたいね。蓮角、マジでビビってたし」
「ああ。俺も……化粧をした鳰を見て驚いた。鳰の持っていた花簪は、入江の霊に託されたモノだ」
「あら、あんたも入江を見たことがあったのね?」
伯労は肩をすくめた。
「蓮角、鷹鸇がまだ十代の当時、入江は深窓の佳人として『誰が落とす花か』ともっぱらの噂だったらしいわ。それを、声を掛けられたはずの鷹鸇が、身分を理由に蓮角に譲ったのよ」
雎鳩を居室へ押し込めて早々に辞去しようと身をかわすと、衣の裾を雎鳩に踏まれた。
「もー、逃げるんじゃないわよ!」
「逃げておるわけでは無い。……今でなくてもよいだろう?」
「今で無かったらいつなのよ!」
振り返ると、すぐ後ろに口をツンと尖らせて眉間に皺を寄せた雎鳩の顔があった。
「鬼車が無うなったのを確かめてからでもよかろう?」
「ぜんっぜん良くない! あんた、……見たでしょう?」
雎鳩は俺の袖を引っ張って無理矢理円座に座らせた。
「私がいたら、鳰ちゃんは喋れないのよ? あんたを案じて声を掛けようにも、言葉を紡げないのよ?」
雎鳩の――
「鳰ちゃんが可哀そうだとは思わないの? ほら! あんたも覚悟を決めなさいよ! これで私も洗いざらい話せるんだから!」
伯労の手が、左腕を抑える俺の右手首を押さえた。
「いや、でも、今直ぐとは……俺も………」
「……何よ」
「………」
伯労の強い視線に、こちらの視線が泳ぐ。
「直ぐには……決められぬ。……俺に、……今、伯労を喰えと言うのか?」
「朴念仁の癖に……。優しすぎるのよ、あんたは。……だから………」
伯労はそこで一旦言葉を切って俯くと、自ら円座を引き寄せて俺とひざを突き合わせるようにして座った。
「蓮角が鳰ちゃんの父親じゃないかって、何処で気が付いたの?」
「ああ……それは、都が言っていた『蘭陵王』の舞手の話からだ。俺の記憶が確かなら、蓮角は『蘭陵王』を演じたことが無い。番舞を演じた同士の時期に、蓮角と鷹鸇が入れ替わったのではと、そう思うて……」
「なるほどねー」
伯労はニヤリと笑った。
「鳰ちゃんの装いは雎鳩に任せたの。そしたら、驚くほど入江にそっくりだったみたいね。蓮角、マジでビビってたし」
「ああ。俺も……化粧をした鳰を見て驚いた。鳰の持っていた花簪は、入江の霊に託されたモノだ」
「あら、あんたも入江を見たことがあったのね?」
伯労は肩をすくめた。
「蓮角、鷹鸇がまだ十代の当時、入江は深窓の佳人として『誰が落とす花か』ともっぱらの噂だったらしいわ。それを、声を掛けられたはずの鷹鸇が、身分を理由に蓮角に譲ったのよ」