玉の緒 5

文字数 1,109文字

 翌日、早くに俺は鳰と共に兵部大丞の屋敷に引っ張り出された。「善は急げ」の言葉の通り、雎鳩がことを急がせたのだ。
「うかうかとしていたら年を越してしまいますよ」
 侍女が纏うような簡素で動き易い衣を身に付けていてさえ、雎鳩には不思議な存在感がある。かつては精鋭の控えの間であった部屋を片付け、複数人が寝泊り出来る空間へと模様替えするというのだ。俺まで引っ張り出されたのは、鳰と精鋭の顔繋ぎの為だ。

(じゅん)ちゃん、お久しぶりっ!」
 助太刀に来ていた水恋(すいれん)(りゅう)を、鳰はポカンとして見上げた。俺とさして変わらぬ背丈の雎鳩ですら珍しい存在であるのに、更に体格のよい女子と出会ったこともないだのから当然の反応だ。
「あらー、この子が鳰ちゃん?」
「鶉殿が雎鳩様を袖にするのも解るな」
 カワイイカワイイと、鳰を見てニコニコとしている。鳰は、目をまん丸く見開いたまま、助けを求めるように俺を見た。
「そんなに驚かなくてもよいぞ。こちらは俺が雎鳩様に仕えていた時の同僚だ。どちらも腕の立つ御子女だ。大変に頼りになる」
「あらやだ! そんなに褒めないでよ」
 水恋は俺の肩をバシリと叩くと、ケラケラと笑った。

「もう少ししたら頼んでおいた夜具を持って魚虎(ぎょこ)が来ます。それまで板の間を拭き清めておきましょう」
 雎鳩が水をはった木桶を二つ下げてきた。
「まあ! 姫様、かようなことは我らにお任せください!」
 鶹が慌てて、雎鳩に駆け寄る。俺も(たすき)掛けをして床の拭き掃除に加わった。
 雎鳩をはじめ大柄な女子に囲まれて、ぎこちなかった鳰も共に身体を動かすうちに打ち解けてきたようだ。時々、舌足らずな話し声や笑い声が漏れ聞こえてくるようになった。

 床を総て拭き清め終わった頃、廊下の奥からズシズシという足音が聞こえてきた。
「まぁ、丁度良いこと。魚虎が到着したようね。扉を開けてさしあげて」
 雎鳩の言葉に水恋と鶹が部屋の扉を全開にした。足音は夜具の小山となって、扉のギリギリをギュウと部屋の内に押し入った。
 鳰はまたビックリした顔をして、急いで俺の後ろに隠れた。
「往復するのが面倒だから、一度にみんな持ってきたわよ」
 部屋の中央にドサリと夜具の小山を積み上げた向こうに、例の相撲人(すまいびと)のような体格の魚虎の、柔和な笑みが浮かんだ。
「ほわー……えらい ちからもち……」
 俺の後ろから顔だけ覗かせた鳰は、目をパチパチと瞬いて呟いた。
「あらっ! 鶉ちゃんの陰にカワイイ雛鳥が覗いているわ」
 魚虎がニコッと鳰に笑いかけた。鳰も、それに応えて笑みを返すと、俺の背からチョロリと姿を現わしてぺこっと頭を下げた。
「にお、である!」
 大分、場慣れした様だな。
 俺はホッとして鳰の背中を見下ろした。
  
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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