紅花染め 3

文字数 739文字

「伯労!」

 視界が開けた。
「……はくろー?」
「あ……」
 枕元に座っていた鳰と目が合った。
 ここは……施療室だ。俺は寝かされていたのか。
 外が明るい。
 夜が、明けたのだな。

「鳰……、すまん。心配かけた」
 身を起こして、鳰を正面にとらえる。
 鳰はニコリと笑ってから、首を左右に振った。
「らんが、はくりゃくのの、つかれて ねてるって」
「そうか……」 
「おかゆ くちゅった。……ん? 


「ありがとう。是非いただこう。……っと、その前に」
 俺はべたついた首筋に手をやった。
 鳰が小首を傾げる。
「湯を使いたいのだが? 昨日は色々なものを被ってしまった」
「わかったよ! わかす! まって」
 鳰は大きく頷いて立ち上がった。

「はくりゃくのの」
「ん? なんだ?」
 鳰は俺を見下ろすと、顔を赤くしてあちこち視線を泳がせた。
 俺は目を瞬いて次の言葉を待つ。
「あの……せな、……ながす ぞ」
「ふえっ?」
 鳰が? 俺の背中を? 流すって?
 俺にも鳰の赤面が移った。
 いや、なんで俺まで赤くなるんだ?
 鳰は、ひゃー! と変な悲鳴を上げてパタパタと廊下を走って行ってしまった。

「お、白雀、起きたか?」
 入れ替わりに鸞と波武が顔を出す。
「どうした? まだ顔が赤いな」
 床の辺まで近付いてきた波武は、俺の首筋のにおいをスンスン嗅いだ。
 俺はカチコチに固まったまま波武を横目に見た。
 においを嗅いだからって何が分かるんだ。

「おーい! さっき鳰が真っ赤な顔して走ってきたが……」
 今度は、阿比が戸口から顔を出した。
 赤い顔をしている俺と目が合うと、阿比はニヤリと笑った。
「……ワカイモンは、いいねー」
 阿比の言葉を受けて、鸞と波武が目を見開いて俺を見る。
 顔の熱が一気に上がった。
 や! そんな顔で見るなっ!
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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