さえずり 10

文字数 1,004文字

 雎鳩の下から帰宅した鳰は、キラキラした表情で俺らの前に登場した。
「た

いまもどりましたっ!」
 阿比が戻ってきていたのに気付いて、更に飛び跳ねんばかりの上機嫌だ。履物を蹴飛ばして小上がりに駆け上がると、阿比の傍にストンと座って頭を下げた。
「あび

の! おか

りなさいませ!」
 阿比は、随分上手く話せるようになったな、と鳰の頭を撫でてやっていた。鳰は、ニコニコとされるままになっている。
 俺がやると、怒るのにな。何故だ。
 鳰の上機嫌振りに、一体、どんな良いことがあったのやらと、梟の登場を待つ。おって、波武とともにやってきた梟は、阿比に向かって破顔し、俺らに向かっては片目をつぶって見せた。
「雎鳩殿が、親しい仕官や懇意の姫君に声を掛けて人手や資金を集めてくださると共に、屋敷の一部を提供してくださるそうだ」
「えと、なん

したか? 『たかきものには、それにおうじてはたす ぎむ がある』の

そう

すよ」
「なるほどな」
 俺は鳰の舌足らずな話し方に、ついホッコリしてしまって、口元が緩んだのを隠すために咳払いをする。

「阿比殿が見えたので、波武を俺らが拝借しても良いな」
「鵠の元に鳰が出張らなくともすむ、良い方法を考えたのだ!」
 波武が興味深げにこちらを見た。梟が目を瞬く。
「ほう……。では、それはそちらに任せよう。あとな、雎鳩殿の教育係を勤めておられた御方を紹介していただけることになった。鳰の事情を勘案して、施療院にお越しいただけるらしい。ありがたいことだ」
 やはり……雎鳩に相談してよかったのだ。
「ほんに、としのはなれた あねさまが 

きたようにございます」
 ニッコリと笑う鳰に、俺はハッとした。その言葉は、伯労のモノだ。鼻の奥がツンとして俺は目頭を押さえた。女々しいようだが……鳰の中にも伯労の思い出が残っているようで、嬉しかった。

「いかにされたか?」
 鳰が這い寄って、心配そうに下から俺の顔を覗き込んだ。慌てて目頭を押えていた指を離し、目を瞬いた。
「いや、その、睫毛が入ったようでな……」
「まつげ? どちらに?」
 鳰の顔が息が届くほど近くに寄って心臓が跳ねた。すっと顔の前を掌で遮って身を引く。
「もう、痛まぬから大丈夫だ。多分、取れた」
「そうか。よかった」
 微笑む鳰の顔をみて、気取られぬように深呼吸をした。
 いや、俺は

ではないはずだ。
 あくまで、鳰は、「庇護するべき者」であるのだから……。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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