紅花染め 10

文字数 881文字

 翌日の、兵部大丞家から戻る道。俺と鳰は、餅の礼に行ったはずなのに、また土産を持たされて帰路に付いていた。
「およめさまかぁ…… いいのう」
 鳰はぽつりと呟いた。雎鳩本人から、春の祝言の話を聞いた。嫁ぎ先は、太政官の次官の家だという。雎鳩の考えに理解のある家なので、施療院への援助を切らすつもりはないし、鳰の後見を嫁ぎ先に打診すると言ってくれた。執権に近い太政官次官であれば、鳰の後見として申し分ない。こちらはひとまず安心か。それより、最近、鵠が表に出てくるようになったと聞いた。鬼車の頭を大分落としたので、細るほど憑りつかれずに済んでいるのか。仔細は解らぬ。ともかく執政に出てきたので周囲は安心しているようである、との雎鳩の話であった。まぁ、蓮角が絡まなければ、民にとっては悪くない国主殿である。

「はくりゃくのの」
「ん?」
 お土産に持たされた、昆布や貝柱などの乾物の入った箱を抱え直して鳰を見下ろす。
「『はくろー』とは、たれか?」
「!」
 キョロリとこちらを見上げた顔に、俺は目を瞬いた。
 あれ? 俺、伯労の名を出したことがあったか?

 俺が絶句しているので、鳰はちょっと口を尖らせて咎めるように言葉を重ねた。
「ねおきに よんでた」
「寝起き……」
 視線を空に飛ばして記憶をたどる。
 ああ、あの時……伯労の夢を見ていた時……か? よく、覚えておるな。
チラとまた鳰に視線を戻すと、前を向いて歩いていた鳰が再びこちらをキョロリと見上げた。
 どうにも、誤魔化せない雰囲気だ。
 仕方ない。正直に話すとしよう。
「……雎鳩の元で勤めておった時にな、世話になったのだ」
「ふうん……」
 鳰は返事を返すと、前を向いた。俺もホッとして前を向く。
「おなごか?」
「!」
 なんだ? 鳰は、何が知りたいのだ?
「……おう、そうだ」
「たいじょーののの おやしきには おらぬかったよ?」
「………」
 ああ……、おらぬ……。
 鳰はピタリと足を止めて、振り返った。
 俺の顔を見て、鳰の眉がピクと震える。
「ふうん……」
 また、鳰は前を向いて歩き出した。
 え? 俺、今どんな顔してた?
 鳰は、何を察したのだ? 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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