借り 2
文字数 750文字
「アレは、……いつ頃の話であったか?」
波武は伯労に目配せした。伯労は波武の視線を受けて頷いた。
「さあ、正確には忘れたわ。故意ではなかったとはいえ、波武は、私を贄にした『夜光杯の儀』を反故にしてしまったのよね」
もう、遥か昔の話なのだけどね、と伯労は遠い目をして語り始めた。
「私は、且つて兵部卿の娘として将来を約束された身分だったわけ。でも、父が政争に巻き込まれちゃってねー。佞臣 による姦計に落ちて家は廃絶。父は亡くなり私は囚われの身になってしまった。まぁ、いわゆる罪人扱いよ。国主が企てたその年の『夜光杯の儀』で贄に召し上げられることが決められていた……」
そこで、波武がフンと鼻を鳴らした。
「吾 は吾 で、魂の喰える高位の尸忌になるべく、喰うモノを選んでいた時期でな、国主屋敷地下の鬼車 を突き止め、日々挑んでおった。ソヤツが国主一族と取引をして安寧を約束されていた守護神であるなど知ったことではなかったのよ」
「ふふふ。だから、鬼車は相当気が高ぶっていたのよね。私を贄に捧げる『夜光杯の儀』の途中で……、夜光杯を血で満たして贄を捧げる誓いの直後、祈念する事柄を申し上げる直前に、たまたま姿をみせた波武に驚いて祭壇を蹴り上げてしまったの」
そこで、伯労も波武も黙り込んでしまった。
俺も黙って次の言葉を待った。
重い口を開いたのは、波武だった。
「それで、夜光杯が落ちて……割れたのだ」
聞き届けられたのは、「贄を捧げる」という事柄だけ。
鬼車は恐慌に陥って贄を召すどころではなくなり、伯労の肉は周囲を浮遊していた遠仁どもに一気に喰われた。かろうじて伯労の魂だけ波武が咥え込んだ。
「何か考えがあってそうしたわけでは無かったのだが、吾が咥え込んだ所為で、伯労は人の心を失わない特異な遠仁となったらしいのだ」
波武は伯労に目配せした。伯労は波武の視線を受けて頷いた。
「さあ、正確には忘れたわ。故意ではなかったとはいえ、波武は、私を贄にした『夜光杯の儀』を反故にしてしまったのよね」
もう、遥か昔の話なのだけどね、と伯労は遠い目をして語り始めた。
「私は、且つて兵部卿の娘として将来を約束された身分だったわけ。でも、父が政争に巻き込まれちゃってねー。
そこで、波武がフンと鼻を鳴らした。
「
「ふふふ。だから、鬼車は相当気が高ぶっていたのよね。私を贄に捧げる『夜光杯の儀』の途中で……、夜光杯を血で満たして贄を捧げる誓いの直後、祈念する事柄を申し上げる直前に、たまたま姿をみせた波武に驚いて祭壇を蹴り上げてしまったの」
そこで、伯労も波武も黙り込んでしまった。
俺も黙って次の言葉を待った。
重い口を開いたのは、波武だった。
「それで、夜光杯が落ちて……割れたのだ」
聞き届けられたのは、「贄を捧げる」という事柄だけ。
鬼車は恐慌に陥って贄を召すどころではなくなり、伯労の肉は周囲を浮遊していた遠仁どもに一気に喰われた。かろうじて伯労の魂だけ波武が咥え込んだ。
「何か考えがあってそうしたわけでは無かったのだが、吾が咥え込んだ所為で、伯労は人の心を失わない特異な遠仁となったらしいのだ」