瑞兆 6

文字数 888文字

「鸞よ、阿比殿と会うてきたのか?」
 華やかな衣装で祭の観覧に来た風を装っている娘御に、波武は声を掛けた。

 先の楽屋では鷦鷯の気配を察して早々に席を外したのであった。
 今は、急ぎ駆けつける朱雀が、水入らずの再会に要らぬ茶々入れをせぬように廻廊で見張っているところである。

「おや? どこの臣殿(おみどの)かと思えば波武か。人の成りがすっかり板についたな」
 ニコッと笑った鸞は簪を揺らして愛想を振りまいた。高く結い上げた豊かな黒髪は白い

と好対照をなし、ほろ酔いの男衆なら声を掛けずに居れない程の、艶っぽい風情である。

「阿比のヤツ、ますます渋みを増してカッコ良くなっておったな。観念して屋代に収まったと言っておったが、中々どうして貫禄の在る様が似合うておるよ。野良が鍛えた凄みは強いのぅ。梟殿に至っては未だ矍鑠(かくしゃく)としておられて、こちらが御利益をいただけるような様よ」
「なんの。主が言うと冗談にもならぬ。それになんだ? その『自分が阿比殿を育てた』みたいな上から目線は」

 波武の苦言はシレッと無視して、鸞は廻廊の奥にチラリと目配せをした。
「ところで鳰は? 無事にお膳立てが出来たのか?」
「ああ。今頃、白雀は

に文句を言われておるであろうな」
「……まぁ、吾らも俄かには信じられぬ様であったのだからよ。アレはああするしか策が無い。鳰の中で、白雀への思いが完全に過去のモノになるまではと、そう決めて隠れることにしたのに当の白雀が面白がってしまってなぁ……。さすがにもうよいだろうという頃合いに『

で生きておるよ』と匂わせた挙句、まぁ焦らすこと焦らすこと……」
「あれも一種の『照れ』なのであろうか?」
「いーや。……吹っ切れたのだよ。鳰に対して負っていた罪悪感が無うなったのだ」

 鳰が、前を向いて歩き出したのが解ったから……。

 その時、観覧席の方から歩いてくる朱雀の姿が見えた。
「ほう。あの子が鳰の息子かぁ。カワイイ顔をしておる」
 鸞がニコリと笑った。波武はスンと真顔になって鸞に釘を刺す。
「ちょっかい出すなよ。吾が守っておるのだ」
「知っておるわ」
 鸞はツンとして舞台に視線を移した。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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