花方 4

文字数 995文字

 後三つ。
 珊瑚の宝珠を戴いた頭は臆病な質のようで、黒瑪瑙の陰に隠れてのらりくらりと(かわ)す。中途半端な位置で千切れた首が根元をうねうねと動き回る為、珊瑚の首の付け根が分からない。残る水晶の頭は(なか)ば恐慌をきたしてけたたましい叫び声を上げながら、無軌道に動き回る。
 鬼車が、痛めたかと思った片足を引き摺って再び立ち上がった。だらりとなった両の翼を振り回すように立ち回り、俺は慌てて鬼車の背から滑り降りた。

「チッ! やはり、心臓を持っているのは珊瑚だな」
 鸞が舌打ちした。波武が黒瑪瑙の頭に(かぶ)り付いたが、勢いよく振り落とされる。
「なんで、アイツだけあんなに強い?」
「解らぬ」
 (ことごと)く盾になるため責めようがない。
()く、足の動きを封じるしかないな」
 鴻を構え直した時だった。

「このネズミども! どこから入り込んだか! 我が神になんという狼藉を!」
 洞窟の中に男の怒鳴り声が響いた。鬼車の頭が一斉に声の方を向く。
「……鵠か」
 振り返ると、燭台を掲げた鵠が広間に入ってきたところだった。
 鬼車が柱を崩したので上にも騒ぎが知れたようだ。

 黒瑪瑙の頭が、辺りの空気がビリビリと震えるほどの大音声で吠えた。
 明らかに憤っている。
 それも、俺らにではなく、鵠に! 
 黒瑪瑙の頭が鵠に向かって首を伸ばし、珊瑚への守りが手薄になった。
 好機を逃さず、鸞の右手が閃いた。
 珊瑚の頭が飛沫を上げて爆ぜる。
 水晶の頭が叫び声をあげてうねり、鸞の次の手をしのぐように頭を下げた。
 俺はその頭を踏み台に一気に珊瑚への間合いを詰める。
 飛沫を上げてのろのろと伸びあがった珊瑚の首に鴻を突き立てて切り開いた。

 鳰の心臓はどこだ?

 俺はシュウシュウと音を立てて飛沫をあげる傷口に手を突っ込んで探った。
 痒いを通り越して痛い。
 水晶の頭が俺の耳元に振り下りて威嚇するように叫んだ。

「五月蠅い! 黙れ!」

 俺の全身がメラリと熱を持ち丹い光を纏った。
 丹い光を映して鬼車の顔を初めて見る。
 目のつり上がった女の顔だった。
 俺の放つ光を厭わしそうに避けると、悔しがるように首を振って叫び声をあげる。

 ふいにガクンと鬼車の身体が動いた。
「なっ?」
 首に手を突っ込んだまま振り返ると、黒瑪瑙が鵠に向かって頭を振り下ろして攻撃しているところだった。

 何をそんなに憤って……。

 燭台に照らされた鵠の手元が見えた。
 左手に握り込んでいるのは、夜光杯だ!
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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