花方 8

文字数 777文字

 明け方、施療院に鸞と波武が帰った。
 自室から飛び出すように迎えた鳰は、ハタと足を止めると視線を巡らせた。

「あれ? はくりゃくどのは……?」

 鳰に続いて顔を出した梟と阿比も、複雑な表情で鸞と波武を迎え入れた。
 2人とも黙っているので、何と声をかけて良いのやら惑っている様子である。

 鸞は、目配せで皆を診察部屋へと促した。

「これが、鳰の心臓であるよ」
 鸞は、梟の手に脈打つ小さな心臓を渡した。
 透明な寒天のような膜に包まれて、健気に脈動を繰り返す肉を、梟は押し頂くようにして手に取る。
「で、これが、夜光杯だ。鳰に心臓が付いたら、自ら割って終いにするがよい」
 続いて、鳰の手に黒瑪瑙の夜光杯を載せる。
 見知らぬモノを押し付けられて、鳰は不審げに夜光杯を見詰めた。欲しいのはこれではないと言った顔だ。
 文机の上に夜光杯を置いた鳰は、鸞の顔をギュッと睨んだ。

「はくりゃくどのは?」

 眉を曇らせて目を逸らせた鸞の代わりに、波武がぶるっと身体をゆすって答えた。

「……白雀は、………美味かったぞ」

 鳰は目を見開いた。手先が小刻みに震える。

「最期に、鳰に伝えてくれと言うておった。
『たんと泣け。目玉がとろける程にな』と……」

「あ………ああ……」

 鳰は膝からくずおれた。
 呼吸が……胸が……苦しい………。
 ゼイゼイと肩で息をするのに、作り物の心臓は付いてこない。
 だんだんと視界が暗くなって、頭がぼんやりとしてくる。

「鳰! 鳰! 駄目だ、衝撃が強すぎて!」
「施療室へ運べ! 直ぐ処置をせねば!」
「鳰! 解るか! 鳰!」





 本当に悲しい時は何もかもが止まって涙も出ぬものだ。
 少しでも心が動いたら、
 泣いて、泣いて、
 吐き出して、吐き出して、
 心が空っぽになるまで出し切るがよい。
 そうしたら、前を向ける。
 悲しみはいつか優しい思い出となって、
 そっと背中を押して呉れよう。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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