入れ子 5

文字数 1,073文字

「でも、俺は、食べて、寝て、痛みも感じるし、普通に………生きている」
 俺は自分の手のひらを見た。己が既に死んでいるなど信じられない。
「それは、仙丹の力。そして、遠仁を取り込んであの世に送り込むことで得た力が肉体を生かしているの」
「その……肉が不要になるというのは……? 俺、鸞に肉をやる約束をしているのだが」
「あら? そうだったの? でも、多分、ボクちゃんも何か気が付いてると思うわよ?」

 では、俺は、やはり

覚悟を決めるしかないのだな。
 俺は大きく一息ついた。

「ありがとう。伯労」
 俺は顔を上げた。

「随分、助けてもらった。俺が、動きやすい様にと何かと便宜を図ってくれて、……本当に感謝している。それに何一つ酬いてやることが出来ずに、伯労を喰わねばならぬのは、……心苦しい。何か、俺が出来ることはないか?」

 伯労は潤んだ瞳を見開きながら、口端をひん曲げた。

「そういうことをね、女子に言わせるとこが朴念仁なのよ」

「………」

 こんな時にまで憎まれ口をたたかなくとも、と、思うたが、涙をこらえて無理に不機嫌を装う顔を見ていたら、小さく溜息がもれた。

「目を……閉じてくれぬか」

「え?」

 伯労の瞳が泳いだ。
 
 瞼を閉じたら、必死にこらえている涙が、こぼれ落ちてしまう。
 
 解っている。
 気丈に振舞ってはいても、辛いのは……互いに同じだ。

「……気にせずともよい」
「でも、……あんたが気にするじゃない」
「しなかったら人ではないよ」
「それも……そうね」
「出会いが、……このようなかたちでなければ……よかったのに」
「それは、……私もちょっとだけ考えたわ」

 ふっと儚い笑みを浮かべて、伯労は瞼を閉じた。
 長い睫毛を濡らして、つぅと涙が零れ落ちる。
 俺は、それを親指でそっと拭った。

 感情を押さえて震える唇に、優しく唇を重ね、
 ついばむように軽くふれあった。
 やがて、次第にお互いの存在を確かめるかのように求め合う。
 泡沫(うたかた)の縁を愛おしむように……淡く、切なく……。
 そして、……伯労の腕が俺の頸に絡んだ。
 むさぼるような求めに応じて、俺も伯労の背に腕をまわす。

 俺と伯労では、生きた時代も時間も違う。
 それなのに、かような巡り合わせを用意したモノを、
 恨んでも恨み切れない。
 どうあっても、決して交われないのに……。

 危うく夢中になりかけたところで、伯労の唇が離れた。
「やるじゃん。朴念仁……」
 涙声で言われても、な……。
「私のこと、悔いたり気に病んだりしたら承知しないからね。鳰ちゃんを……幸せにしてあげて」

「伯労……」
 俺は、ふわりと伯労を懐に包み込んだ。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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