紅花染め 8

文字数 1,027文字

「心に負担であったかどうかなど、鳰の顔色を見れば解るであろうよ」
 小馬鹿にしたような鸞に、俺はむくれ顔で返した。
 解らぬから泡喰っておったのであろうが! 

 あの後、今宵寝床が無いという子を兵部大丞の屋敷へ送る手筈を整えたり、鳰が患者に軟膏を塗るのを手伝うたり、夕方まで忙しく立ち働いた。鳰が梟と診療室の片付けをしている間に、俺と鸞は厨で夕餉の支度をしている。

「にしても、玉杯など高価なものを何処で手に入れればよいのか?」
 午前の「こちらから鬼車を召喚する方法」の続きである。
「借りがあるからな! 屋代に聞いてみてはどうだ?」
「まぁ、城下の屋代は金回りがよさそうだが……なんと口実を付けるのだ?」
(まじな)いに使うとでも言っておけばよい」
 鸞の提案は、「今の鳰の血と俺の血を以て新たな夜光杯を作る」ということであった。鵠の契約が終了しておらぬのだから、新たな契約は結べない。この場合、単に鳰の血で鬼車をおびき出すのが目的である。鬼車をおびき出す為だけなら鳰の血だけで良いのであろうが、それだと、万が一、鵠の手に渡るようなことがあれば悪用される可能性がある。だから、俺の血を混ぜておくのだという。
「鸞には……」
「肉が無いのに血が出るかよ」
「……そうなのか」
 俺は便利に使われるのだな。

 刻んだ青菜を汁物に投入して仕上げに取り掛かる。
「おう! 今帰ったぞ」
 子どもを送って兵部大丞家から戻った阿比が、大きな包みを抱えて厨へ入ってきた。作業台へドサリと下ろす。
「大丞家では、今日、餅を()いたのだそうだ。大柄な……何と言うたかな? 小山のような女子に……」
魚虎(ぎょこ)殿か?」
「ああ、そうだ。その者に持たされた」
「ほう……、有難い」
 後で礼に行かねばな。
 それとな、と阿比は声を潜めた。
「魚虎殿から聞いたのだが、まだ内々の話なのだそうだが兵部大丞家の姫君は、春に祝言が取りまとまったそうだ」
「へ?」
 雎鳩が? いつの間にそんな話になっておったのだ?
「どうやら、話によると若君が横やりを入れていた所為で滞っていたのだと」
「はぁ?」
 俺を気に入って匿っていた話とやらは一体なんだったのだ? 上流階級とやらはとんと不可解だ。
 俺が度肝を抜かれてポカンとしているので、阿比は怪訝そうに見返した。
 鸞が俺の腰を突いてぼやく。
「ほれ、その、心と身は別なのよ。主を謀っておったとか、二股がどうのとかとは全く次元の違う話よ」

――妾のような者らは籠の鳥よ

 雎鳩よ。そういうことであったのか……。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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