第275話 かたつむりと伝さん

文字数 978文字

・7月10日 白い紫陽花と伝さん

明日は雨だというので、今日はグレートデンの伝さんと長めの散歩。小雨程度ならいいけど、この間も豪雨だったし。梅雨時の雨は侮れない。

まだ熱くなってないアスファルトの道を、爪の音もチャッチャと軽快に歩く伝さん、ご機嫌だ。昨日は一日雨で、飼い主の吉井さんとの散歩は短めだったっていうから、<長距離コース>を歩くのが楽しいんだろう。

あ、秋津さんちの庭が見えてきた。毎年見事だよなぁ、紫陽花。この季節になると、ここんちの庭の半分が真っ白い花に埋め尽くされるんだ。

──綺麗だけど、紫陽花なのに白い花ばっかりだと寂しいよな。
初めはそんなふうに思ってた。けど、今は違う。

こんなふうな梅雨の晴れ間、朝露を浴びて輝く白い紫陽花は、きらきらした光の粉をまとっているみたいに見えるんだ。

「きれいだよなぁ、伝さん」

「おんっ!」

付き合いみたいにひと声吠えて、そのまま歩き続ける伝さん。……まあ、伝さんたち犬の視界はモノクロだっていうから、紫陽花の色がどんなんでも関係ないんだろうけど、光の加減みたいなのは分かると思うんだ。

ま、伝さんには、花より散歩、だな。

「よし、伝さん。走るか!」

「おんおんっ!」

すごく嬉しそうだ。
行くぜ相棒! 公園までジョギングだ!





・7月13日 かたつむりと伝さん

紫陽花の葉に、かたつむり。
雨に濡れてるのが、また風情がある。

……土砂降りだけどさ。かたつむりは、葉っぱの裏側で雨宿りしてるみたいだ。

秋津さんちの白い紫陽花も、そろそろすがれてきた。こうやって花の命も終わろうというのに、一向に終わらないのがこの梅雨空だ。今日は各地で大雨警報続出。九州の方なんか大変らしい。

降らないのも困るけど、降りすぎるのも困る。
ついシリアスに日本の自然災害について考えていたら。

「おいこら、伝さん!」

「おう?」

ったく、小首を傾げて上目遣いなんかするんじゃないよ。可愛いじゃないか。でっかいグレートデンなのに。

「かたつむりは喰うなよ。伝さんはヨーゼフって名前じゃないだろ!」

「おぅん……」

俺の言うことが分かったのかどうかは謎だが、伝さんはかたつむりにちょっかい掛けるのをやめてくれた。俺はほっと息をつく。だってさ、かたつむりとか、どんな寄生虫持ってるか分からないじゃないか。

あのアルムの山のヨーゼフは、厳しい環境の中で耐性を獲得したのかも知れないけどな。
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