第351話 昏きより 3

文字数 2,082文字

虎豆くんを見た御堂さんご夫妻は涙を流さんばかりに喜んで、仔猫を見て苦悩してた。お二人とも猫はあまり好きじゃないらしい。だけど、俺が祠前で撮った写メを見て撃沈。

──仔猫を引っくり返す勢いで舐めてる虎豆くん、虎豆くんの鼻先にしがみつく仔猫、上目遣いのカメラ目線で前足のあいだに抱えた仔猫をアピールするあざとい虎豆くん、の三枚です!

「ね? 可愛いでしょう? 虎豆くんたら、この子守るためか、祠の後ろからなかなか出てきてくれなかったんですよ。ようやく俺を信用してね、くわえて出てきてくれたときの様子、お兄ちゃんみたいでそれも微笑ましかったなぁ」

弟か妹みたいに思ってるのかもしれないですねぇ、なんて俺もあざとくセールストークして、虎豆くんの「この子うちの子にしてよ!」のおねだりを後押ししておく。

「猫の飼い方は、お隣の大貫さんが教えてくれると思いますよ。虎豆くんもよく面倒みてくれそうだし。……このくらいの仔猫はまだミルクが必要なので、猫用ミルクを……駅前のコンビニか、ちょっと離れてますけどホームセンターにも置いてます」

なんて話をしてたら、玄関先での話し声に大貫さんが顔を出した。脱走した虎豆くんが仔猫を拾ったと聞いて、目を輝かせている。異種間交流を見るのは大好きらしい。仔猫用ミルクなら、うちのポコのがまだ一缶残ってるので、差し上げますよ、と応援してくれる。

眼で、後はお願いします、と伝えると、大貫さんはこっそり親指を立てて請け合ってくれた。よしっ!

さあ、次は子供を塾に送っていかなきゃ。その前にちょっと戻って何か食べよう。昼は虎豆くん探すのを頼まれて、コンビニおにぎり食べたきりだったからなぁ。──思い出したら腹減ってきた。

今うちにある食材で、簡単に手早く何が作れるかなぁ、と考えながら歩いていたら、神埼の爺さんに呼び止められた。あ、はい! 探してた柴犬、見つかりました。神崎さんの情報提供のお陰です、ありがとうございます! え、これを? うわあ、俺、昼におにぎり一個食べただけなんですよ。そんな気がした? いやあ、さすが神崎さん、お見通しですね!

神埼の爺さんに、かぼちゃミートパイをもらった。そっか、今日は冬至だった。けっこうずっしりしたパイだから、これは一切れでも充分なボリューム。何作るか悩まなくてよくなって、俺ほくほく。

事務所兼自宅に戻りついて、皿にパイを出し、言われたとおりレンジでチンするあいだにポットの湯でティーバッグの緑茶を淹れる。パタパタしていたせいか、居候の三毛猫がコタツの中から出てきて、足元にすりすりしながら餌をくれとねだってきた。あー、はいはい。ったく、お前は餌のときと俺を湯たんぽ代わりにするときだけ愛想がいいんだから。

水と餌をやると、カリカリ食べ始めた。その音をバックに、俺もかぼちゃミートパイを頬張る。挽肉と南瓜の配合が絶妙で最高! 甘くないのがいい。これ何のハーブだろう、食欲そそるなぁ。まだまだ食べられそうだけど、残りは明日の朝飯にしよう。そんなことを思いつつ、ちょっと温くなったお茶を飲み干して。

ふう。

腹もくちくなったし、さあ、木倉さんちのユウカちゃんを迎えに行くか。手を洗って……。あ、三毛猫め、もうコタツに潜り込んだな? コタツ布団をめくってのぞいてみると、迷惑そうな顔。はいはい、スイッチは切らずにおいてやるから。悪さするなよ?

歩いて十五分かかるところを、自転車で十分足らず。安全運転だからな。ユウカちゃんと二つ下の弟くんが既に待っていてくれた。二人が俺を見て笑うので、何かと思ったら、俺、御堂さんの部屋着着たままだったよ! 俺もうっかりしてたけど、御堂さんも仔猫の衝撃で忘れてたな。大貫さんは……たぶん、虎豆くんと仔猫しか見えてなかったんだと思う。そして神埼の爺さんは最初見たときだけ驚いて、二度めはスルーしたんだな。

弟くんに、はろうぃんなの? って聞かれた。赤紫の地の黄色い模様はカボチャらしい。言われてみればこれってハロウィン柄かも。でも、今日は冬至だよ、一年で一番日が短くて夜が長い日だよ、と教えてあげると、ふーんとよくわかってない顔をしてる。でも、いつものように肩車して、ちょっとその辺走って飛行機! ってやったら、きゃっきゃと喜んでた。弟くん、お姉ちゃんの塾送り迎えに俺が来るときは、毎回これを楽しみにしてくれてるんだよな。

中から出て来た木倉さんに、いつもすみません、なんて謝られたんで、いえいえ、弟くんも楽しそうだしいいんですよ、うちの娘も小さい頃これが好きでねぇ、なんて話しながらユウカちゃんを自転車の荷台に乗せた。もちろん二人乗りなんてしないよ? このまま塾まで引いて行くんだ。木倉さん、在宅の仕事してるんだって。締め切りが近づくと余裕がなくなって、そういうときは何でも屋の俺を利用してくれるんだ。

木倉さんも俺の着てる御堂さんの部屋着にウケてくれた。理由を話したからなおさら。虎豆くんのお陰で、今日は思わぬところで笑いが取れたよ!

でも、もう脱いでおこうっと。塾の子供たちにすっごく笑われそうな気がするから。
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