第92話 その年の<俺>のクリスマス チンピラ・サンタの訪問
文字数 4,393文字
ビールが冷たい。
俺は湯たんぽを抱えてぼんやりしていた。
十二月二十四日、今日ははクリスマス・イヴ。街はきんきらきんのぎんぎらぎん。
一ヶ月以上前から街中を覆っていたクリスマスの装飾は、大詰めの今日、とにかく華やかで晴れやかで賑々しい。まるで、消える前に急に大きくなる蝋燭の炎のようだ。
はー。
息が白い。一昨日の冬至の日はエアコン暖房を奮発したが、それはまだ幼い娘のののかのためだ。自分のためだけだったらエアコンなど入れる気になれない。もっと寒いならともかく、今日は湯たんぽで十分だ。俺は布でくるんだ暖かい塊を撫でながら、ちびちびと缶ビールを啜った。
海外でクリスマスかぁ。
離婚した元妻と、彼女と暮らす娘ののかは、今頃異国の空の下。確かスイスのローザンヌだったっけか。
二十二日に「年内に顔を見ておきたいでしょ?」とののかを連れてきてくれた元妻は、クリスマスから正月にかけてはローザンヌに滞在すると言っていた。儲かってるんだな。元妻には俺と違って商才がある。
それにしても、彼女に強制された女装は酷かった。
俺はつい一昨日のことを思い出しそうになり、慌ててビールの残りを呷った。あれは、悪夢だった……。ああ、ビール、もう一本いっていいかな。うーん。今夜は贅沢してもいいことにしよう。今日の昼は、ここ一週間迷い猫していたラパンナジルちゃんを捕獲して飼い主の稲葉さんに渡せたんだし。
猫なのに、跳ねうさぎとはこれいかに。稲葉さんのセンスが分からん。因幡の白兎ならぬ白猫だからだろうか。
何でも屋の俺がその捜索を請け負った白猫・ラパンナジルは、なんと公園の木の上にいた。上へ上へと登ってみたはいいものの、今度は降りられなくなったらしい。猫らしく哀れっぽく鳴いて助けを求めればいいものを、ただ黙って我慢していたようだ。発見・捕獲から即動物病院に入院となったが、衰弱してはいるものの、命に別状はないらしい。
良かった。
ペット探しを依頼されて、生きているのを発見できるのはいい。どれだけ手間がかかろうと、捕獲時に噛まれようと引っ掻かれようと、生きていてくれれば探して良かったと思える。けれど死体を発見してしまった時は、依頼主である飼い主さんに、なんて言っていいのか悩んでしまう。
それでも、たいがいは遺骸があるだけでもいいって言ってくれるけどさ。だけど、たまに別料金を渡されて、子供に内緒でどこかの川原にでも埋めてきて欲しいと頼まれることもある。
はー。
古いオーディオから聞こえてくるのはスィング・ジャズ。明るくていいやな。……『Lover's Concert』が失恋の歌に聞こえてしまうのは、俺が寂しいからかなぁ?
なあ、ののか。
俺は娘にもらった大きなぬいぐるみに向かって問いかけた。ののかの代わりに小さな椅子に座らせたぬいぐるみの前には、コンビニで買ったケーキとピンクのシャンメリー。
ののか。パパ、今日はちょっと寂しいかもしれない。一昨日の反動かな? にぎやかだったもんなぁ。
ぼーっ……。
ドンドンとドアを叩く音で我に帰った。──おおっと! びっくりした、心臓がドキドキしてる。俺、今、無我の境地に達してなかったか? クリスマスなのに、座禅か? いや、まあ俺は仏教徒だけどさ。
時計を見ると、もうそろそろ九時になろうとしている。こんな時間に誰だ? 怪しみながらもドア越しに誰何すると、あ・軽い声が聞こえてきた。
「メリークリスマスっす!」
この声は? とドアを開けると、そこには胡散臭いサンタがいた。チンピラのシンジだ。
「久しぶりだなぁ、シンジ。第四話以来じゃないか?」
「何わけの分からないこと言ってるんすか。『じゃりん子チエ』のチエちゃんと暖簾屋のオッサンの会話じゃないんですから」
いや、お前じゅうぶんワケ分かってるだろ。
「どうしたんだよ、クリスマスなのに。るりちゃんは?」
「るりちゃんはお仕事。クラブに勤めてるんだから、昨日今日明日はかきいれどきでしょ? いいのいいの、恋人たちはいつでもクリスマス・イブだから!」
安っぽいサンタの衣装を着たシンジは、自慢げに胸を張った。
「そ、そうなのか? だからいつもラブラブなんだな」
「そうっすよ。今夜はちょうどこんな格好してるし、ラブラブのおすそ分け持ってきたんだ~」
じゃーん、とシンジは白い巾着袋を取り出した。
「こ、凝ってるな、シンちゃん」
「んー、今日のバイト仲間がね、ウケ狙いで持ってきてたの、もらったんすよ。給食袋なんて今時どこに売ってるんでしょうね」
「何のバイト?」
「クリスマスケーキの街頭販売。いや、結構売れるもんだね」
うーん、ピンクちらし貼り以外のバイトもしてたんだな、シンジ。マメなやつだ。感心しながら渡された袋を開けると、何か四角いものが入っていた。
「あ? ハクキンカイロか?」
「そう。懐かしいでしょ? 俺、ちらし貼りの時、重宝してるんだ~。この季節、バイク飛ばす時はそれがないと始まらないね。ちょーあったかいっす。これはね、らぶらぶのおすそ分けってゆーか、アンタこのあいだ、るりちゃんの同僚のコの犬見つけてくれたんでしょ? そのお礼。預かってきたんだ」
そんなことあったっけ? 俺は首をひねった。
覚えてなさそうだなぁ、とシンジは笑った。
「トイプードルのモモコちゃん。先週の木曜くらいかな」
「ん? なんかピカピカした首輪してた犬か?」
「そうそう」
そういえば……。
「あー、あんなの、探したっていわないぜ。何だか知らないけど、歩いてたらいきなり飛びついてきたんだよ。飼い主もすぐ追いついたてきたし、その場で渡しただけだ」
その時も礼をすると言われたけれど、そんなんでもらうわけにいかないだろう。
「うん。その同僚のコ、ゆーかちゃんていうんだけど、感激してたよ。なんかね、まだこの街に来たばかりなんだって。モモコちゃんを見つけてくれて、すんごくうれしかったんだってさ。なのにアンタってば、すげなく去っちゃうしぃ」
シンジはかわいく(?)語尾を上げた。……やめれ、シンジ。キモチワルイから。
「で、アンタ昨日<夜の夢>の前通ったでしょ。それをゆーかちゃんが見つけた時、偶然るりちゃんも居合わせてて。モモコちゃんの恩人があんただって分かったってワケ」
<夜の夢>というのは、るりちゃんの職場のけっこう高級なクラブだ。
けど……。
「恩人てもな……」
俺は困惑した。
「んー、モモコちゃん、ゆーかちゃんのお祖母ちゃんの犬だったんだって。詳しくは知らないけど、ゆーかちゃんにとってはすんごく大切な家族なんじゃないかなぁ」
「そっか……」
まだ不慣れな街で、そんな大切な家族と一瞬でも離れ離れになってしまい、そのゆーかちゃんとやらは、ものすごく心配だったのかもしれない。恩人は大袈裟だけど、心情的には理解できるか。うん。
「ま、アンタのことだから、金は受け取ってくれないんじゃないかな、ってるりちゃんがゆーかちゃんにアドバイスしてくれて。それなら、ちょっとしたものをあげればいいんじゃないかってことになって、俺がそれをチョイスしたの。……アンタ、やっぱり暖房ケチッてたね」
「ははは……」
俺は力なく笑った。暑いのより寒いののほうがまだ我慢しやすいんだから、しょうがないじゃないか。
くくっと笑ったシンジは、ほら、ベンジンもあるよ、と袖に隠しておいたらしいビンを取り出した。
「それからこれ、ゆーかちゃんお手製のカイロベルト。るりちゃんに教わって編んだんだってさ。お客さんに知られたら恨まれるっすよ~。ゆーかちゃん、けっこう人気あるんだから。ま、彼女の感謝の気持ちだよ。受け取ってあげてよ」
「うん。分かったよ。彼女にはありがとうって言っておいて」
俺が頷くと、シンジは人懐こい笑みを見せた。
「この季節、ペット探しの時にもいいと思うよ、コレ。今日は俺立ちっぱなしだったんだけど、コレのお陰で寒くなかったもんね」
そう言って、シンジは赤い上着をめくってみせた。腰にぐるりと黒の毛糸で編まれたベルトが巻きついている。カイロはベルトにつけられたポケットの中に入れるようになっているようだ。るりちゃん考案のカイロベルトだな。
昔はズボンのベルトに袋の紐を引っ掛けてたっけ。なんかダサくて嫌だったけど、カイロは確かに温かかった。
「感謝の気持ち、さっそく使わせてもらうか」
「それがいいよ。点火の仕方、分かると思うけど今日は俺がやるよ。クリスマス出血大サービス!」
おどけて言いながら、シンジは付属カップでベンジンを入れ、これがコツなんすよ、とカイロ本体を両手に包んでしばらく暖めてから、懐から取り出したライターで火口に点火した。
それを眺めていた俺は、重要なことに思い至った。
「あ、うちにはライターが無い」
「そうだと思った。これあげますよ。百円ライターだし」
シンジはにぱっと笑う。うーん、なんて気が利くんだシンジ。るりちゃんはクラブ<夜の夢>の人気ホステスで、指名してくれる客もいっぱいいるんだろうけど、こいつのこういうところが、いいんだろうなぁ。
で、これをここに入れて、とシンジは付属の袋に入れたカイロをベルトのポケットに収める。渡されたそれを腰に巻いてみた。ほー、この長い爪みたいなホックで留めるのか。
「寝る時も多分まだあったかいだろうから、ベルトを回してお腹の上に来るようにしておくといいっすよ」
「さんきゅ、シンジ。せっかくだから飲んでいくか?」
「いや、今夜はいいっす。バイト連チャンで、眠くてね。るりちゃん迎えに行くまでに寝ておきます」
じゃ! とチンピラサンタは明るく去っていった。トナカイの橇ではなく、愛用のバイクで帰るんだろう。そっか、バイクだもんな。飲んじゃいけないな。
ふう。
俺はまた座って、ビールをちびちびやり始めた。シンジは俺が椅子に座らせた娘代わりのぬいぐるみや、その前に置いてあるケーキを見ても、何も言わなかった。……やさしいヤツだ。
腰がじわりと温かくなってきた。湯たんぽも温かい。
ケーキでも食べるか。ビールに合うか合わないかはともかくとして。あ、この曲、『September in the rain』だ。……きっと、あたたかい雨なんだろうな。
ののか、パパ、何だか寂しくなくなってきたよ。ちょっと寒かっただけなのかもしれないね。
きみが寒くないことを祈るよ。
きみにはいつも、あたたかくて幸せなところにいて欲しい。
そんな聖誕祭の夜。
……潅仏会には、甘茶を飲もうか。
俺は湯たんぽを抱えてぼんやりしていた。
十二月二十四日、今日ははクリスマス・イヴ。街はきんきらきんのぎんぎらぎん。
一ヶ月以上前から街中を覆っていたクリスマスの装飾は、大詰めの今日、とにかく華やかで晴れやかで賑々しい。まるで、消える前に急に大きくなる蝋燭の炎のようだ。
はー。
息が白い。一昨日の冬至の日はエアコン暖房を奮発したが、それはまだ幼い娘のののかのためだ。自分のためだけだったらエアコンなど入れる気になれない。もっと寒いならともかく、今日は湯たんぽで十分だ。俺は布でくるんだ暖かい塊を撫でながら、ちびちびと缶ビールを啜った。
海外でクリスマスかぁ。
離婚した元妻と、彼女と暮らす娘ののかは、今頃異国の空の下。確かスイスのローザンヌだったっけか。
二十二日に「年内に顔を見ておきたいでしょ?」とののかを連れてきてくれた元妻は、クリスマスから正月にかけてはローザンヌに滞在すると言っていた。儲かってるんだな。元妻には俺と違って商才がある。
それにしても、彼女に強制された女装は酷かった。
俺はつい一昨日のことを思い出しそうになり、慌ててビールの残りを呷った。あれは、悪夢だった……。ああ、ビール、もう一本いっていいかな。うーん。今夜は贅沢してもいいことにしよう。今日の昼は、ここ一週間迷い猫していたラパンナジルちゃんを捕獲して飼い主の稲葉さんに渡せたんだし。
猫なのに、跳ねうさぎとはこれいかに。稲葉さんのセンスが分からん。因幡の白兎ならぬ白猫だからだろうか。
何でも屋の俺がその捜索を請け負った白猫・ラパンナジルは、なんと公園の木の上にいた。上へ上へと登ってみたはいいものの、今度は降りられなくなったらしい。猫らしく哀れっぽく鳴いて助けを求めればいいものを、ただ黙って我慢していたようだ。発見・捕獲から即動物病院に入院となったが、衰弱してはいるものの、命に別状はないらしい。
良かった。
ペット探しを依頼されて、生きているのを発見できるのはいい。どれだけ手間がかかろうと、捕獲時に噛まれようと引っ掻かれようと、生きていてくれれば探して良かったと思える。けれど死体を発見してしまった時は、依頼主である飼い主さんに、なんて言っていいのか悩んでしまう。
それでも、たいがいは遺骸があるだけでもいいって言ってくれるけどさ。だけど、たまに別料金を渡されて、子供に内緒でどこかの川原にでも埋めてきて欲しいと頼まれることもある。
はー。
古いオーディオから聞こえてくるのはスィング・ジャズ。明るくていいやな。……『Lover's Concert』が失恋の歌に聞こえてしまうのは、俺が寂しいからかなぁ?
なあ、ののか。
俺は娘にもらった大きなぬいぐるみに向かって問いかけた。ののかの代わりに小さな椅子に座らせたぬいぐるみの前には、コンビニで買ったケーキとピンクのシャンメリー。
ののか。パパ、今日はちょっと寂しいかもしれない。一昨日の反動かな? にぎやかだったもんなぁ。
ぼーっ……。
ドンドンとドアを叩く音で我に帰った。──おおっと! びっくりした、心臓がドキドキしてる。俺、今、無我の境地に達してなかったか? クリスマスなのに、座禅か? いや、まあ俺は仏教徒だけどさ。
時計を見ると、もうそろそろ九時になろうとしている。こんな時間に誰だ? 怪しみながらもドア越しに誰何すると、あ・軽い声が聞こえてきた。
「メリークリスマスっす!」
この声は? とドアを開けると、そこには胡散臭いサンタがいた。チンピラのシンジだ。
「久しぶりだなぁ、シンジ。第四話以来じゃないか?」
「何わけの分からないこと言ってるんすか。『じゃりん子チエ』のチエちゃんと暖簾屋のオッサンの会話じゃないんですから」
いや、お前じゅうぶんワケ分かってるだろ。
「どうしたんだよ、クリスマスなのに。るりちゃんは?」
「るりちゃんはお仕事。クラブに勤めてるんだから、昨日今日明日はかきいれどきでしょ? いいのいいの、恋人たちはいつでもクリスマス・イブだから!」
安っぽいサンタの衣装を着たシンジは、自慢げに胸を張った。
「そ、そうなのか? だからいつもラブラブなんだな」
「そうっすよ。今夜はちょうどこんな格好してるし、ラブラブのおすそ分け持ってきたんだ~」
じゃーん、とシンジは白い巾着袋を取り出した。
「こ、凝ってるな、シンちゃん」
「んー、今日のバイト仲間がね、ウケ狙いで持ってきてたの、もらったんすよ。給食袋なんて今時どこに売ってるんでしょうね」
「何のバイト?」
「クリスマスケーキの街頭販売。いや、結構売れるもんだね」
うーん、ピンクちらし貼り以外のバイトもしてたんだな、シンジ。マメなやつだ。感心しながら渡された袋を開けると、何か四角いものが入っていた。
「あ? ハクキンカイロか?」
「そう。懐かしいでしょ? 俺、ちらし貼りの時、重宝してるんだ~。この季節、バイク飛ばす時はそれがないと始まらないね。ちょーあったかいっす。これはね、らぶらぶのおすそ分けってゆーか、アンタこのあいだ、るりちゃんの同僚のコの犬見つけてくれたんでしょ? そのお礼。預かってきたんだ」
そんなことあったっけ? 俺は首をひねった。
覚えてなさそうだなぁ、とシンジは笑った。
「トイプードルのモモコちゃん。先週の木曜くらいかな」
「ん? なんかピカピカした首輪してた犬か?」
「そうそう」
そういえば……。
「あー、あんなの、探したっていわないぜ。何だか知らないけど、歩いてたらいきなり飛びついてきたんだよ。飼い主もすぐ追いついたてきたし、その場で渡しただけだ」
その時も礼をすると言われたけれど、そんなんでもらうわけにいかないだろう。
「うん。その同僚のコ、ゆーかちゃんていうんだけど、感激してたよ。なんかね、まだこの街に来たばかりなんだって。モモコちゃんを見つけてくれて、すんごくうれしかったんだってさ。なのにアンタってば、すげなく去っちゃうしぃ」
シンジはかわいく(?)語尾を上げた。……やめれ、シンジ。キモチワルイから。
「で、アンタ昨日<夜の夢>の前通ったでしょ。それをゆーかちゃんが見つけた時、偶然るりちゃんも居合わせてて。モモコちゃんの恩人があんただって分かったってワケ」
<夜の夢>というのは、るりちゃんの職場のけっこう高級なクラブだ。
けど……。
「恩人てもな……」
俺は困惑した。
「んー、モモコちゃん、ゆーかちゃんのお祖母ちゃんの犬だったんだって。詳しくは知らないけど、ゆーかちゃんにとってはすんごく大切な家族なんじゃないかなぁ」
「そっか……」
まだ不慣れな街で、そんな大切な家族と一瞬でも離れ離れになってしまい、そのゆーかちゃんとやらは、ものすごく心配だったのかもしれない。恩人は大袈裟だけど、心情的には理解できるか。うん。
「ま、アンタのことだから、金は受け取ってくれないんじゃないかな、ってるりちゃんがゆーかちゃんにアドバイスしてくれて。それなら、ちょっとしたものをあげればいいんじゃないかってことになって、俺がそれをチョイスしたの。……アンタ、やっぱり暖房ケチッてたね」
「ははは……」
俺は力なく笑った。暑いのより寒いののほうがまだ我慢しやすいんだから、しょうがないじゃないか。
くくっと笑ったシンジは、ほら、ベンジンもあるよ、と袖に隠しておいたらしいビンを取り出した。
「それからこれ、ゆーかちゃんお手製のカイロベルト。るりちゃんに教わって編んだんだってさ。お客さんに知られたら恨まれるっすよ~。ゆーかちゃん、けっこう人気あるんだから。ま、彼女の感謝の気持ちだよ。受け取ってあげてよ」
「うん。分かったよ。彼女にはありがとうって言っておいて」
俺が頷くと、シンジは人懐こい笑みを見せた。
「この季節、ペット探しの時にもいいと思うよ、コレ。今日は俺立ちっぱなしだったんだけど、コレのお陰で寒くなかったもんね」
そう言って、シンジは赤い上着をめくってみせた。腰にぐるりと黒の毛糸で編まれたベルトが巻きついている。カイロはベルトにつけられたポケットの中に入れるようになっているようだ。るりちゃん考案のカイロベルトだな。
昔はズボンのベルトに袋の紐を引っ掛けてたっけ。なんかダサくて嫌だったけど、カイロは確かに温かかった。
「感謝の気持ち、さっそく使わせてもらうか」
「それがいいよ。点火の仕方、分かると思うけど今日は俺がやるよ。クリスマス出血大サービス!」
おどけて言いながら、シンジは付属カップでベンジンを入れ、これがコツなんすよ、とカイロ本体を両手に包んでしばらく暖めてから、懐から取り出したライターで火口に点火した。
それを眺めていた俺は、重要なことに思い至った。
「あ、うちにはライターが無い」
「そうだと思った。これあげますよ。百円ライターだし」
シンジはにぱっと笑う。うーん、なんて気が利くんだシンジ。るりちゃんはクラブ<夜の夢>の人気ホステスで、指名してくれる客もいっぱいいるんだろうけど、こいつのこういうところが、いいんだろうなぁ。
で、これをここに入れて、とシンジは付属の袋に入れたカイロをベルトのポケットに収める。渡されたそれを腰に巻いてみた。ほー、この長い爪みたいなホックで留めるのか。
「寝る時も多分まだあったかいだろうから、ベルトを回してお腹の上に来るようにしておくといいっすよ」
「さんきゅ、シンジ。せっかくだから飲んでいくか?」
「いや、今夜はいいっす。バイト連チャンで、眠くてね。るりちゃん迎えに行くまでに寝ておきます」
じゃ! とチンピラサンタは明るく去っていった。トナカイの橇ではなく、愛用のバイクで帰るんだろう。そっか、バイクだもんな。飲んじゃいけないな。
ふう。
俺はまた座って、ビールをちびちびやり始めた。シンジは俺が椅子に座らせた娘代わりのぬいぐるみや、その前に置いてあるケーキを見ても、何も言わなかった。……やさしいヤツだ。
腰がじわりと温かくなってきた。湯たんぽも温かい。
ケーキでも食べるか。ビールに合うか合わないかはともかくとして。あ、この曲、『September in the rain』だ。……きっと、あたたかい雨なんだろうな。
ののか、パパ、何だか寂しくなくなってきたよ。ちょっと寒かっただけなのかもしれないね。
きみが寒くないことを祈るよ。
きみにはいつも、あたたかくて幸せなところにいて欲しい。
そんな聖誕祭の夜。
……潅仏会には、甘茶を飲もうか。