第213話 彼岸花立ち上がる

文字数 1,825文字

・9月19日 伝さんと二重の虹・

台風が近づいて、この辺りにも大雨警報が出た。
滝川さんちの土蔵の整理も、今日は休み。

しとしと、ざあざあ。
ふっと止んだかと思うと、また空が真っ暗に。

雨の日は犬の散歩が大変だが、さすがにこういう日は控えるか、用だけ済ませてすぐに家に連れて戻る飼い主さんがほとんど。雨好きの犬もいるが、台風じゃあなぁ。

しかし、グレートデンの伝さんくらいの大型犬になると、こんな天気でも外を歩きたいらしい(雷の鳴ってる時は別だ)。彼の飼い主の吉井さんちの庭は広いけど、伝さんにしてみたら、それはそれ、これはこれ。

舗装されてない道を選んで歩くいつもの散歩コース、まるでお揃いのようなレインコートを着て歩く一人と一匹。ちなみに、伝さんはその下に泥除けの腹掛けを着用してる。ちょっと可愛い。

公園を一回りして、帰り道。
小降りになっていた雨が、ふと止んだ。

「あ、虹……」

俺は思わず立ち止まった。西の空の雲間から、日没前の太陽の光が射して、東の空に七色のアーチを描いているのだった。外側が赤、内側がブルー、紫。

「伝さん、虹だ」

「おん」

律儀に応えてくれる伝さん。けど、犬は視覚がモノクロなんだっけ。

それでも。

「うわ、二重の虹だ。初めて見た!」

感動は分かち合えるに違いない。

年甲斐もなくはしゃぐ俺と一緒に、伝さんもずっとずっと空を見上げていたのだから。

しばらくして太陽は隠れ、虹も消えてしまったけれど、俺はとてもいい気分だった。再びで歩き出した一人と一匹、帰りの足取りはやたらに軽い。

「何かいいことありそうだな、伝さん!」

「おん!」

また雨が降り出したけど、今日の散歩がここしばらくで一番楽しかった。





・9月20日 彼岸花立ち上がる・

今日は彼岸の入り。

道理で。

都会過ぎないこの街の、あちこちに真っ赤な彼岸花の群れ。驚くほど鮮やかな花なのに、咲き始めるまで誰も気づかない。忍者みたいなやつだな。そういえば、「忍び花」という異名もあったっけか。

この花は、ことに群落となるとまるで紅蓮の炎が燃え盛るようにも見える。けれどもちっとも熱くなく、さらに秋めく日差しの中で、ひいやりと花弁を広げている。

滝川さんちの土蔵のそばにも、四、五本ばかり咲いている。というか、いきなり立ち上がったように見える。

「昔、飢饉の時なんかは、あの花の根っ子を食べたというよ」

と、滝川のお爺さん。台風一過、今日は一転晴れ上がったので、また土蔵整理のお手伝いだ。

「え? でも、彼岸花って毒があるんですよね?」

驚く俺に、お爺さんは頷く。

「だから、食べられるように工夫したんじゃよ。粉にして、水によぉくさらして、毒を薄めたらしい」

「美味しいんでしょうか?」

俺の抜けた質問に、滝川のお爺さんはにやり、と笑った。

「試してみるつもりなら、あそこにあるの、掘っていいぞ?」

「……いえ、遠慮します。美味しいもんなら、今でも食べられてるはずだろうし」

ほっほっほ、と笑う滝川のお爺さん。
……温厚に見えるけど、実は結構ヒトが悪いかも?

お爺さんの鉄道唱歌は、大阪まで来た。東海道の旅は、もうすぐ終わりだ。





・9月21日 手作りおはぎ・

つやつやの餡子、もちもちの練り団子。
その、妙なるハーモニー。

うーん、美味い。旨いぞ。
遠野さん手作りのおはぎ。今まで食べた中でも最高ランクかも。

遠野さんは設計事務所に勤める会社員だ。ロングコートチワワの雪ちゃんの飼い主で、犬の散歩仲間である。

まだ雪ちゃんを預かったことはないけど、独身独り暮らしの遠野さんにもしものことがあった場合、俺が彼女の世話をするという契約をしている。

同じ独り身でも遠野さんはマメな人で、毎日自分で作った弁当を持って行っているらしい。「お祖母ちゃん子だったから、年寄りくさいおかずばっかりですけど」とか笑っていたが、一度分けてもらったレンコンのきんぴらは美味かった。

今日もらったこのおはぎも、お祖母さんのレシピらしい。質の良い国産小豆を使うのが何より重要で、次に重要なのは甘味。蜂蜜と黒砂糖と和三盆を使うらしいが、その配合は秘伝だという。

缶入り茶なんかと食するのはもったいないなぁ、と思いつつ、昼飯を食ってなかった俺は我ながらあっという間に三つ平らげてしまった。あと三つあるけど……晩飯にしょうかな? どうしよう。

遠野さんは墓参りに行くと言っていた。お彼岸だものな。
俺も行かなきゃな、墓参り……。


ところで、俺、いっつも悩むんだが。
おはぎとぼた餅、どこがどう違うんだろう?
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